これは私の妄想物語

「アンタは…
俺に敬語なんか使う必要は無いんだ。」

倖箭に当てがわれた
「執務室」は
HARUの部屋の真上に当たった。
龍族のビル『金龍』の
最上階から一階下の部屋。

最上階は誰の部屋なのか?
恐らくこの龍族でも龍王の次に
最高地位にあるもの。
誰に教えられる訳でもなく
倖箭はそれを感じ取っていた。

部屋はHARUの部屋より広く
フロアの半分はあるであろうと思われる
足を取られそうなふかふかの
毛足の長い絨毯が敷いてあり、
例えそこで不意に倒れても
そのまま気持ちよく眠れそうだ。

倖箭はそう思うと
目だけで、架羅に気づかれないよう
ふっと笑った。


外灘が一望出来る眺望を持つ
大きな窓。
龍族自体は乾燥を嫌う種族なので
どの部屋も窓はわざと小さく
なるべく強い日差しが
入らない作りだが、ここは違った。

人間である倖箭が一日中過ごしても
息が詰まらない
居心地の良い四季を感じる部屋。

山の奥の古い木々に囲まれた
死んだように息を潜めて暮らす
祖父の家より、遥かに健康的。

悪くは無い、、、
悪くは無いが……
今はまだ馴染めない。

その部屋へ入ると同時に
開口一番、
彼は架羅にそう向かって伝えた。

「しかしそう仰られても
倖箭様は私の上司に
なるのですよ。
いずれは黄龍となられるお方。
貴方も慣れて頂かないと」

「架羅さんよ…」

「架羅です」

「じゃ百歩譲って、架羅。
俺はまだ二十歳の小僧っ子だ。
それに、、黄龍の跡目を継ぐとは
正式に表明もしてないし
されてもない。
俺は親父というものに会いに来ただけ」



「可愛げがありませんね。」


架羅から一言告げられて

倖箭はムッとした顔をした。


「可愛げがあるとかねぇとか

そんな問題じゃねぇだろ」


「そうかもしれない。

でもいい加減抗うのも

止めたらどうですか?

もう決まった事なんです。

黄龍というのは、そうですね……

まぁ一種の名誉職のようなものと

考えていただければ。」


「名誉職?なのか」


ついうっかり口を滑らせて

架羅は素知らぬ顔をした。


「名誉職っていうのは

責任がないんだよな?

誰が担っても言い訳だろ?

だったら俺じゃなくても

例えば、、アンタでも言い訳だ!」


倖箭の口の端がニッと上がった。


「いや、、そういう訳には

行かないでしょ。

貴方は正当な凌家の香主だ。

黄龍は凌家の血筋でなければならない。

そういう決まりがあるんですよ。」


「誰が決めた?」


架羅はそんな質問が来るとは

思っていなかったのか?

目をぱちくりさせた。


「誰って…、、誰だろ?」


「ほらっ!アンタだって答えられない。

いつの時代か誰かが

勝手に決めたことなんだ。

理由なんかねぇ。

そういうもんだろ?!」



架羅は大きなため息を付いた。

彼は子供だ。

ただどうしようもないことに腹を立て、

抵抗して見せているだけ。


本気で逃げ出したいなら

すぐにでもこの『金龍』からは

抜け出せる。

逃げて行っても誰も追っては来ない。

だが、一歩ここを抜け出したら

彼は自分の帰る道を失うだろう。

自分が誰かも分からなくなる。


架羅は倖箭に思念を送った。

これはかなり手荒いとは思うが…。

受け取り方も全く分からないまま

自分の意思とは別の

見ず知らずの他人の言葉がいきなり

自分の頭の中に割り込んで来る。

普通の人間なら恐れ戦き

自らの言葉もきっと失う。


だが、、彼は『黄龍』だ。

時間をかけてとHARUは言ったが

そんな生易しい事では

この『お坊ちゃま』はねじ伏せられない。



『ガタガタいつまで言ってるつもりだ?

どこかのガキみたいに

ゴネたら何かが変わるとでも

思ってるのか?』


一瞬倖箭の顔つきが凍りついた。

架羅を凝視した後、

視線が定まらず瞳孔が開いたままになる。


「なんか言ったか?」


架羅は応えない。


「おいっ!」


尚も倖箭は架羅に向かって

威嚇めいた声を上げた。


『覚えがあるだろ?

アンタの父君はいつもアンタに

話しかけて来たんじゃないか?

だがアンタはそれを感じながら

幸瀬様の声を

一切無視してきた。


アンタに、、応える力は既にある。

応えてみろ、声に出さずに

この声に応えてみるんだ』


倖箭の表情がみるみる変わっていく。
今にも泣きそうな顔を
一瞬見せたかと思うと
それはすぐに
見えないベールで閉ざされた。

しばらくふたりの間の時が止まった。




『、、、あ、、あん、た……』


おずおずと頭の中の言葉で

倖箭から発せられ

確実に架羅に届き始めた。


早い……やはり血筋は争えない。

既に自分の意思を伝える術を

何も教えていないにもかかわらず

彼は習得していた。

龍族は言葉を発せずに

意思を飛ばすことが出来る。

しかしそれはすぐにできる訳ではなく

個人の能力にも寄るが会得するまで

時間がかかる。

現に架羅でさえ自由に相手と

思念で会話をするまでには

かなりの月日がかかった。





『アンタは生まれながらにして黄龍だ。

龍族の龍王に次いで

最高地位に立つもの。

龍族の根幹を成す。

アンタが規範となる。

アンタの進言だけは

どんなにわがままで傲慢な龍王でさえ

従わざるを得ない。

……

言わばストッパー役なのだ。

、、誰が決めた?

……

と聞きたいのだろう?


それは……神だ。

龍王と言っても

全てが完璧ではないからな』


洪水のような言葉の羅列を

架羅は彼に注ぎ込んだ。


……それでも表情を変えない倖箭。



心の機微を一切表に表さない

彼の意志の強さ。


飄々と、、そしてミステリアス。

彼の心の中は

誰にも分からない。

それが彼の美丈夫に拍車をかける。


好ましい……


架羅の瞳にようやく

穏やかな色が浮かび上がった。





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