これは私の妄想物語



架羅を見た男の表情が
ガラリと変わった。

「……大隅?!
お前!なんでここに!」

まさかこんな形で
再会するとは思ってもいなかった。
相手も背中に嫌な汗が
流れ落ちるのを感じているのだろう。
彼がこの国へ
舞い戻っていると聞いてはいたが
彼の拠点と架羅の事務所では
かなりの距離がある。
まさかこんな所で
しかもまるで示し合わせたように
遭遇するとは思いもしなかった。

これは神のイタズラか?
范にとっては
晴天の霹靂みたいなものだろうが
架羅にとっても余りに
都合が悪かった。

ただいずれは彼とは
対峙しなければならない。
叔父の死の真相を知っている相手。
架羅は范の事を
はなから睨んでいた。


不意をつかれた格好となった。
きっと向こうもそう思っているはず。

武器が……
万が一を考えて、、しかし
友人のハレの席で
そんな物騒なものを
所持しているには憚られた。
仮にも友人は警察関係者。
それで架羅は用心のために
別の場所へ……

それが目と鼻の先に転がっている。

「范…」

「大隅、お前上海にいるはずじゃ?!」

「…上海は引き払った。
まさか知らないことは無いよな?
叔父が死んだことを」

范…お前だろ?
裏で糸を引いたのは。
そう言いたかった。
だが確信がない。
証拠を集めて一気に追い詰める
その予定で動いていた。


「ボス!」
ふたりの不穏な空気を感じ取って
ガタイのいいボディガード風の男が
数人彼を囲うように
范と架羅の前に立ち塞がった。
その時目の前の傘は
范の部下によって
足先で払い除けられ
さらに転がって遠くなる。

その時、先に若い男達を追っていた
范の手下と思われる別の集団の男が、
范を呼びに来た。

「おいっ!」
范はボディガードに目配せをした。
架羅の動きは一瞬にして止められ
素早く羽交い締めにされた。
屈強な男たち数人に押さえつけられ
身動きひとつ取れる訳が無い。

見ると范の手には、、
架羅に照準を合わせている。
サイレンサーか……

万事休す

クソっ!こんなところでかよ!!
情けねぇぞ、架羅!


架羅は舌打ちをした。

「殺るならとっとと殺っちまえ!
外すなよ!!」

「悪いな!俺は急いでるんだ!
おまえをいたぶる暇もねぇ。
積もる話も色々あったが、、
まぁまたいつかな。
冥土で会えたらだが」

シュッと乾いた音が聞こえた気がした。
范は1度として躊躇はしなかった。
至近距離で胸を貫く銃弾。
と、同時に架羅の心臓は
ゆっくりと止まり始めていた。

彼の黒い長袍の裾が
架羅を置き去りにして翻るのを
彼は道に倒れ込みながら
目の端で捉えていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


┈┈┈┈┈┈



真っ白な靄の中から
誰かが現れた。
上から見下ろされている。

それからゆっくりその人は
架羅の傍にしゃがみ込み
ほぉ〜っと深いため息をついた。





「悪かったな…
俺がアンタにぶつからなければ……
アンタの武器を仕込んだ傘を
はね飛ばさなければ

アンタはここには居なかった。
悪かった……
俺のせいだ。
、、それで相談なんだが

大隅架羅
龍族としてもう一度
生きてみないか?」
男の静かな声が
架羅の心に染み渡る。

「龍……?
なんで俺の名前を知ってる?
それに……
俺は、、酷く眠い。」
架羅は重い頭をなんとかあげて
声のする方へと視線をゆるゆると動かした。

……この男?
褐色の肌。目元は理知的で
不思議な色のアーモンドアイ。
どこかで見た。

男が架羅の身体を
抱き起こす。

ふっと鼻をくすぐる白檀の香り。

彼の唇が架羅のそれと重なって…
とてつもなく冷たい空気が
その人物から架羅の身体の中へと
口付けと共に送り込まれていく。

あっ……

走馬灯のように今までの人生が
架羅の目の前で繰り広げられる。
人は死ぬ寸前
それまで生きてきた道を
一気に頁を捲るように
とても短い時間で遡ると言う。


そして……

……

再び日が昇る



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


あの時の男が目の前にいる。

「初めてでしたよね?
ご紹介します。
來珠麗将軍の直属の部下で
龍鳳第一師団 大隅架羅大佐です。」

(目元の涼しい男だな…。
しかし…ちょっと取っ付き難い。
まるで見えないバリアでも張っているみたいな…
用心深いのか?)
倖箭が心の中で呟いた。

それが
倖箭が架羅を見た印象だったようだ。
その言葉がいきなり架羅の頭の中へ
割り込んでくる。

架羅の唇の端がふっと上がる。
『そうか、、彼は俺の事を全く覚えていない。
と、言うか今のこの時点では
彼は俺と初めましてなんだな?』

架羅は思念を飛ばした。
無論、倖箭には聞こえない。


『そうだ!
彼はまだこの世界に慣れないから
時間軸の変動に混乱している。
話を合わせてくれ。
いずれ倖箭に話す時が来る』

HARUがすぐさま思念で
返答を寄越してきた。

『抗っている?』

『そうだ。抗っている。
父の幸瀬様が未だ彼と
会おうとしない。
それが不満なのだ。
色々口では言っているが、
本当は父の胸に飛び込んでみたい。
確かめてみたい。』

『何を……まるで子供みたいだな』

『そうだよ、そこは子供のままだ。
子供の心を抱えたまま大人になった。
彼はそんな人物だ。
やって行けるか?大隅 架羅』

『彼付きの、、執務補佐官か?』

『そうだ。彼の全てを補佐してもらう。
彼は産まれたての赤子と同じだ。
手は妬けると思うが、
育てがいもあると思うぞ!』

架羅はほんの一瞬考え込んだ。
なぜ自分に白羽の矢が立つ?
適材と言うなら白瀬羚の方が向いている。
彼は根っからの軍人で
人を育てるのが上手い。

『俺でなくても、、羚の方が。
まして彼は黄龍になる人間だ。
普通の龍族とは格が違うぞ。』

『RYU首長からの勅命だ。
おまえと彼はある人物との繋がりがある。
互いの目的が合致するんだよ。
今はそれしか言えんが…
話すと長くなるからな。
とりあえず…彼とはきっと上手くいく。
根は良い奴だ。
よろしく頼む』

HARUは倖箭からは見えないように
架羅に微笑みかけて
小さなサインを送った。




仕方ない…勅命ならば、、、

架羅はスっと倖箭に握手を求めた。

「黄龍付き執務補佐官を拝命致しました
大隅架羅です。
以後よろしくお見知り置きください」


(あの時、、アンタがぶつかって来なければ
俺はここには居なかった。
深い深い因縁だな……)


架羅は倖箭に思念を飛ばした。
当然聞こえるはずも無い。

今は……

するとふっと倖箭が首を傾げて
架羅の手を握ったまま
その顔をじっと見つめるのだった。




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