これは私の妄想物語

架羅がHARUの執務室へ赴くと、、
最近この金龍へ「着任」してきた
黄龍こと 入江倖箭(ユキヤ)がいた。
本名は凌倖箭(リンシェイジィェン)
現・黄龍の正当な香主(跡継ぎ)

新しい黄龍となる男が
この上海へやって来たと聞いていたが、
まだ正式な発表はなく、
遠巻きにしか彼を見たことがなかった。
今初めて架羅は
彼の顔を真正面から見ることが出来た。

「…あっ、、」
小さな驚嘆の声が架羅から上がった。
倖箭はその声をあげた当人に
軽く会釈をした。


(この男、、覚えているか?)
HARUの思念が飛んできた。





覚えている。はっきり…
忘れるはずがない。
この男は俺を、、
この男がいなければ
俺はここに、、いなかった。

(そうだな…だが今の彼は
おまえを知らない。
おまえと出会うのは
人間界で言う十四年後の未来だ)

十四年後…

あの時の、あの男が目の前にいる。
だが俺が今目の前にしている彼は
十四年後の彼…

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

あれは架羅が叔父の葬儀を済ませ
上海から戻って来て間もない頃。


架羅の事務所と付き合いのある
街の探偵 吟戀から寄せられた情報。
上海にある大隅公司の分室として
架羅の事務所は日本に構えていた。
大隅公司は亡き祖父が興した会社で
本業は貿易を手広く生業とする
老舗である。
父も亡くなり、叔父がそれを
引き継いでいた。
そしてその叔父も先日
不慮の事故で亡くなった。

大隅公司と七星公司は
ライバル関係。
その支店が九州の
長峰県唐人町にある。
そこの支店の代表 范超礼は
特に切れ者として1目置かれる立場であった。

上海本店の責任者を務めていた
彼が拠点を日本へ移したのは数年前。
叔父が不慮の事故で亡くなった頃
彼は上海に滞在していた。
その後上海と日本を
行ったり来たりしていたが
いつの頃からか
その姿が見えなくなった。
そしてこのひと月余り
彼の姿が日本にあった
と、吟戀は架羅にそう伝えた。


七星公司は華僑が運営する
表向き通常の貿易会社だが
裏ではかなりあくどい商売をしている。
当然のごとく上海が元の
黒社会とも繋がっている。

七星の范は「禁制のあるもの」を
一手に引き受けて
取り扱っている。
そんな噂が流れ始めた矢先のことだった。

いつ大陸との戦争が
勃発するか分からない時代。
そんなご時世だからこそ
政府は公序良俗に反する絵画や雑誌など
軍の規律を乱す元として
特に厳しく取り締まっていた。

その中を回括って巷を横行する
カストリ誌が好んで載せる
同性ものの春画を
秘密裏に取引している。
それに伴う人身売買。
范が責任者として手広く商いする
その春画を描く絵師集団も
その一部だった。
客の中には著名人は元より
大物政治家、軍のお偉方
お上の血筋までという噂が耐えず
政府は下手に手を出せずにいた。

そこに……
あの有名な「行方不明の」日本画家
大垣春蘭が混じっている。
春蘭の情報を寄せてきた
苑田吟戀(ソノダギンコ)という街の
小さな探偵事務所を営む男は架羅に

『力を貸してほしい。
ある人物のために。
その人物は必死で探している
消えた大垣春蘭を。
大垣春蘭は必ずあの七星公司の
范の手元にいる。
確信はあるんだ。だが
俺っちみたいなしがない探偵じゃ
とどのつまり、これ以上あそこには
近づけない。
ひょんなことから
七星の范とアンタとは
因縁めいたものがあると
調べてて気づいたんだ。
アンタならあの男と対峙する術を
持ってるよな?
で、これは…個人的な頼みなんだが
頼れるのはあんただけだ。
無論、危険を伴うのも
承知の上だ。
アンタひとりで行かせるつもりはない。
だから……大隅さん、、
脅しのつもりはねぇけど
あんたの正体は調べ済みなんだよ』

こいつ……どこまで知ってる?

のらりくらりと掴みどころのないこの男。
だが架羅の本当の姿をやはり
しっかり掴んでいたのか。

『あんまり踏み込みすぎると
アンタ自身がやばくなるぜ、吟戀さんよ』
少し吟戀を揺さぶってみた。

『そんなことはわかってますよ。
アンタの叔父さんで
華僑の大隅公司の事も
調べ済みです。
本来なら大隅公司はアンタのものだけど
アンタには…別の顔がある。
それも最近わかったんですよ。
それでここはカモフラージュの為の
会社だって事も』

『それ以上は口を閉ざした方が…』
架羅は吟戀の形の良い唇に
指を当てた。

『ドキッとするじゃないですか!
アンタみたいないい男に
そんな不意打ちを食らわせられると』

吟戀はそう言って、
初めて人の良い笑顔を作るのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そしてあの雨の日。

友人の結婚式に呼ばれ
二次会が長引いた夜。
自宅へ戻る電車はなく
事務所で仮眠を取るために
真っ暗な商店街のアーケードを
架羅は歩いて帰っていた。
夜半から降り出した雨は
雷を轟かせ
土砂降りになっている。
雷がどこかへ落ちる度
電灯の光がビリビリと音を鳴らしていた。


お迎え前ですので、

お写真拝借して加工しています。



ひとっこ一人歩いていない静かな通りに

遠くからバタバタと水音を立てて

複数の足音が聞こえてきた。

突然路地裏から飛び出してきた

数人の若者らしい影が通りを走り去る。


『若!すみません!!

俺の手違いで…』


『いいから!気にするな銀次!

とにかく逃げろ!』

アーケードを抜けて、

道路を斜めに横断する彼らの

そんな声と行き違う。


チンピラの喧嘩か??


避けようとして

架羅の肩とひとりの青年の肩が

すんでのところでぶつかりそうになる。


『すまん!』

青年が驚いたように

架羅の顔を一瞬凝視して

そう言い捨てると




そのまま彼は

仲間と共に走り去っていった

横顔の凛々しく美しい青年。

少し見蕩れていると

いきなり架羅の背中に

誰かが体当たりした。

その瞬間手に持っていた傘が

風に煽られて手を離れた。


「やっ!すみません💦

急いでるんで…」


色の浅黒い精悍な顔立ちの男。

一言で言えば美丈夫とでも言うのか?

ふっと白檀の匂いが鼻を掠めた。

彼らを追いかけてるのか?そんな雰囲気




その男が立ち去ると

そのすぐあとを

バシャバシャと水音をさせて

黒い集団が怒号を上げながら

先の男達を追って行く。


チンピラ同士か?

巻き込まれでもしたら厄介だ!


道の端へ寄って彼らを避けて

先程の浅黒い男に弾き飛ばされた傘を

拾おうと腰を曲げた瞬間

彼のすぐそばを通り過ぎようとする男と

偶然にも目があった。

真っ黒な長袍(チャンパオ)を着た銀縁眼鏡の男。

髪を七三に分け

グリースのようなもので固めている。

高い鼻梁と薄い唇。

切れ長の目が険しい、剃刀で研いだような

冷たい表情。

男の顔が一瞬で変わる。

目が大きく見開かれ

不敵な笑みを称える口元が

架羅の姿を捉えて呆気に取られたように

あんぐりと開かれた。




その瞬間に時間が止まった




本日もお立ち寄り

ありがとうございます。