これは私妄想物語



おお〜〜っ!
花火が上がる度 
人々が歓声を上げる。

今は戦時中なのに
この小さな国は
隣国相手に連日勝ち戦と
国内ではそんなニュースを流している。
だから人々も高揚し、明るい表情で
のんびり花火見物なのだ。

だが羚は軍人。
明日の命はしれない…
龍翔も、珠麗も…

ふっと不安になって
緋彗はそろそろと手を伸ばし、
すぐ側に立つ羚の指を掴んだ。

「?」
羚が不思議そうな顔をして
すぐにそれは笑顔に変わった。
「あんまり近くて音も大きいから
怖くなったか?」
そういうとしっかりと緋彗の手を握った。
そのまま引き寄せて
自分の前に緋彗を立たせると
背中から抱いて肩に顎を乗せた。

「あっ…。
誰かが見たら
男同士変だと思われる」

「誰も見ちゃいねぇよ。
こうやると安心するだろ?
覚えてるか?真詩呂!
昔、珠麗が階段から落ちて骨折した時、
約束してたお化け屋敷に
1人で行けないとお前は泣いて騒いだよな。
お化け屋敷には入りたい、
でもひとりじゃ怖い。
仕方ねぇから俺がこうやって…」

そうだ。羚が背中を抱いてそのまま
お化け屋敷を駆け抜けた。
『後ろからお化けは来ねぇぞ!!
俺が守ってるからな!
だから走れ!!!!』

お化け屋敷を全速力で
駆け抜けてきた子供ふたり。
出てくると大声で笑った。
前代未聞だった。

緋彗は7歳。
八つ上の羚、珠麗、龍翔、
彼らに可愛がられて育ってきた。
それから三年後、、実の兄が突然現れた。
中植の存在は
希薄だった『血の繋がり』を
確かに感じる相手で
その分緋彗にとっては新鮮だった。
そして彼の危うさと
鋭さにひどく惹かれた。


「真詩呂…
お前に話さなきゃならん事がある。」
背中で、、耳元で
羚の声が聞こえてくる。
花火の音にかき消されないよう
誰にも聞かれないよう
そして…きっと緋彗は声をあげて泣くだろう。
それを周りに気づかれない様に。

「よく聞いてくれ。
……
亞摩魅は、、持ってあとひと月…」

その瞬間、緋彗は無意識に羚の腕を解いて
そこから逃げ出すかのような仕草をした。
羚はしっかり彼を抱きしめる。
わかっていた。緋彗の癖。
耐えられない事実に直面すると
後先考えず、無意識に
彼はそこから一目散に逃げ出すのだ。
怖いのだ…現実が。
認めるのが。
それがなかったように
彼は全てをかき消してしまおうとする。


「本人の意思で
病院へはもう入院しないと。
あの家で逝きたいと
龍翔に言ったそうだ。
今度は逃げちゃ行けねぇぞ!
ちゃんと見送ってくれ!
その日、俺達はそこに
居られるかどうかわからねぇ。
万が一龍翔が間に合わなかったら
お前が全部やるんだ。」

緋彗の身体がブルブルと
小刻みに震えている。
亞摩魅が長く無いことは
肌で感じていた。
今日、浴衣を着せてくれた時の亞摩魅が
言った言葉は、本当だっただろう。
だが信じたくない…

「俺…イヤだ…」

「真詩呂…よくわかる。
大変な重荷だな。
だが、、お前しかいないんだ。
もし間に合わなかったら
ひとりでは逝かせないでくれ!
龍翔が帰って来るまで
お前がそばに居てやってくれ。」

緋彗は俯いて肩を震わせた。
羚は彼に言い聞かせるように
「ごめんな…真詩呂。
お前を泣かせたくないが。
龍翔はさすがにお前に頼めないと…
だが、俺はお前に逃げて欲しくない。
逃げないでくれ。」


人生の終焉、呼吸が止まり
ゆっくりと全ての時間が凍りついていく。
人はその瞬間
何処へ行ってしまうのだろう。
がんじがらめに縛られた
逃れられない想いが
解き放たれる時
見えない翼を羽ばたかせ
宙(そら)に舞うその瞬間
あなたはふと振り返り
愛しい人へ最期のくちづけを
贈るのだろうか?


宙に消えていく亞摩魅の
その瞬間
俺は笑って見送らなくちゃ……


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




亞摩魅が逝った







龍翔を待ち続け
最期の最期…

彼のその胸に抱かれて
大きく大きく息を吐くと
ゆっくりと
目を閉じた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


亞摩魅の居なくなった家は
どこもが薄暗く
部屋の隅に真っ黒な影が
はびこっているように感じた。

四十九日まで 龍翔は
亞摩魅の居なくなった家に留まり
この家から軍の施設に通ったり
遺品の片付けなどしていたが、
さすがにいつまでもそうしている訳には
行かなかった。

「真詩呂、、お前ここに留まりたいなら
このままでも構わないんだが。
どうする?
それとも…
そろそろ珠麗の所へ
戻らないか?
あわせる顔がないと言うなら
私が中に立つ。」

龍翔がそう言った。

緋彗は唇を噛み締めた。
この家でわずか三ヶ月だったが、
亞摩魅との想い出が
沢山詰まっている。

「しばらく…ここにいてもいいですか?
まだここで…」

「わかった…
そのあとはどうする?
ずっと居たいなら、大家に言って
この家を買い取る事も出来るぞ。
それに…そろそろ珠麗にも
お前の事を話そうと思う。
あいつはずっと悩んでいる。
会いたがってる。
一度ここへ連れて来たいと思うのだが?
どうだろう?」

緋彗は亞摩魅の着物を畳む
自分の手元を見つめた。
「…珠麗、、様。」

「うん。珠麗となにかあったのか?
会えない理由があるのか?」

「…言えません。
でも、、、珠麗様にはいつか…」

龍翔は困ったような顔を見せた。
いつも冷静で、感情を表に出さない男は
亞摩魅と出会って
人間らしく自分の感情を見せるように
なっていた。

「うん…わかった。
いつか会いに行ってやってくれ!
……
私はあの日、亞摩魅の最期に
間に合って良かったと思っている。
あの日、あいつとは
また会う約束をしたんだ。
その約束をしたくて、あいつは
私を待っていた…
……
真詩呂、珠麗が生きてる間に
必ず会いに行ってやってくれ。
アイツも軍人の端くれだ。
この先、どうなるかは
全く分からない。
後悔するくらいなら…」


『大事な人には
言葉で伝えなきゃ…
素直になって、、
幸せ掴んで。』

亞摩魅の言葉が蘇った。



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