これは私の妄想物語



「ガロア…
背中が痛い」


私はこの館では
人間であった頃の名前で通していた。

フレデリック・ガロア
もう長い事その名前で呼ばれることはない。
どこか他人のような
本来の名前。

凛空もいつかそうなるのだろうか?
その時何故かふと、
そんなふうに私は思った。
あの時、凛空の未来を
予知していたのかも知れなかった。






「どうされました?ショーン様」





彼は諸肌脱ぎになり、
その華奢な背中を私に向けた。





「これは?!」


そのすべすべとした肌に
まるでカミソリででも傷つけたような
切り傷。
それが何本も背中に跡を残す。

そっとそこに指を当てると
じわりと血が滲む。

「これは…如何されましたか?」


「…分からない…。
館の主と食事を摂るたび
背中だったり…ここに…
気がつくと切り傷が…」
そう言って見せるのは二の腕の裏。
太ももの内。
柔らかく、簡単には触れられない場所。



「失礼します!」
私はたまらず 彼の身体の傷を
丹念に調べていく。


傷の殆どは切創で、それも浅く
重症では無い。
しかしそれが無数に
日頃余り人の目に触れないような
場所に集中している。


自分で? 

しかし背中の傷は
いくら身体が柔らかいと言っても
簡単に届きそうにはない。


「主…と仰いましたか?」

「うん…あの男、
食事をしてる僕をいつもじっと見てて」

そう言えば…
魔王はいつもショーンの姿を
上から下まで舐めるように
見つめている事が多い。
あの男の執拗なまでの
凛空に対する執着。
それが凛空の身体に変化を
もたらすのか?

「とりあえず消毒を致しましょう。
あとは…… ヤン先生に
診て頂きましょうか?」

「ヤン?…あの綺麗な人?」

「そうです。ヤン先生は皮膚科が専門。
切創に効くお薬をお持ちかもしれない」


凛空は小さく頷いて
ベッドに横になった。


とりあえずは傷口を消毒する。
ガーゼと油紙を背中に貼り
応急処置をした後
私は彼を迎えに
西の塔へ向かった。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

冬の日はとっぷりと暮れ
ランタンを持つ手もかじかむ。
どこからか隙間風が忍び込み
私の背中へ氷のような
冷たい息を吹きかけた。



滝蘭の部屋の扉を叩くと
しばらくして薄く扉が開いて
少し顔色の悪い
滝蘭が不審げに顔を出した。




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