これは私の妄想物語



-寛恕(カンジョ)とは
広く心が思いやりをもって許すこと。



再びの船旅。

国境を超えて
北の端まで列車で行き、
そこから船に乗る。
船は翌日の朝には着くので
以前の船旅より
ずっと身体が楽だった。

迎えは翌日になると聞いていたので、
私はその日近くの船宿に
部屋を取った。

海風に乗って、チラチラ雪が舞う。

ソーダガラス1枚の宿の窓では
寒さを遮ることが難しく、
暖房の効いた部屋ですら
凍りつくように寒い日だった。




その日私は道木に当てて
手紙を書いた。

いつも祖父の事や家でのことなど
連絡してくるのは道木で、
私の方からは滅多に返事を書かない。
何故かその日は
センチメンタルな気分で
気鬱のまま、思いつく事を羅列した。

その日のうちに投函すれば、
私が先方の館へ着いて
落ち着いた頃届くだろう。
そんなふうに思っていた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



翌朝早く
迎えの馬車が来る。


船宿の主人は
黒塗りで四頭立ての立派な馬車を見て、
かなり驚いたふうだった。


「あの、、お客様。
あれに乗ってどちらへ
行かれるんですか?」

支払いを済ませていると
小声で聞いてくる。


「カンリツ峠を抜けて
山の上のキッキュウジョ館へ…
そこにある大学の医療分室に招かれている」
臆面もなく答える私に、
主人は青い顔をして


「悪いことは言いません。
お、、お断りになって、
すぐにお国へお戻りなさいませ!」

慌てて私を御者から見えない
衝立の裏に隠すように
私の腕を引っ張り
早口でそう言った。



「何を…
そこへは行かなければならないのです。
一体… なんだと言うのです?」


「とにかく…
あそこへは近づかない方が…」


「おかしなことを仰る。
貴方には関係のないことでしょう?」


「ええ、ええ、、そうですが。」
額にうっすら汗。


「大丈夫ですよ。とって食われる訳でもなし。
そこに、、例えば獰猛な何かが
あったとしても…」
私が冗談で返すと
主人は真顔で

「…とにかくお気をつけ下さいませね。
あそこは…魔物の山と言われてますから。」



馬の嘶きが一声。
私が遅いのを急かせるように。

主人は私の手を握り
「どうぞ、ご無事で。
と言うのであった。






カンリツ峠
今は関立。元は寒慄。

キッキュウジョは
鞠躬如と書くと
主人は教えてくれた。



震えおののき
身を屈めて恐れ慎め!とな…


どちらもおどろおどろしい名前であった。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




峠に差し掛かる頃、風雪は益々激しくなる。

ほぼ真っ白で
外は何も見えない。
真昼間なのに灰色に薄曇り、
横殴りの雪と
ゴォゴォとなる風の音で
しっかりした作りの馬車すら
大きく何度も揺れた。




雪は、、嫌だ。


あの雪の日…
薄衣に裸足の足で
水汲みをしていた日。

髪も着物もぐっしょり濡れ
寒さで身体の芯まで冷えきった。


頬を横切る風は、
寒いと言うよりむしろ痛い。


血の滲んだ指で踏みしめる大地は、
真っ白な雪の
そこだけ紅く
ポツポツと点を描いていた……



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