Catalog Number -, 48g (silver), 48mm, mintage ?, MS62

 

皇太子協会から発行されたナポレオン4世のメダルですが

何を記念したものか、全く分かりません;そもそも、皇太子協会の正体も不明です。

このメダルが発行された1870年4月28日は

普仏戦争勃発1870年7月19日より3か月ほど前

ナポレオン3世が捕虜となった1870年9月2日より4か月ほど前でした。

政情不安のなか、ナポレオン3世から4世への帝位継承

すなわち、帝政維持を目的とした協会だったのかもしれません。

 

表のデザイン

ナポレオン4世の肖像、1856年3月16日生まれですから14歳頃と思われます。

たいへん可愛らしい容貌ですが

後に英国へ亡命してからヴィクトリア女王に気に入られルルと呼ばれていたそうです。

なお、ナポレオン4世とはナポレオン3世が退位してから帝政支持者から呼ばれていた呼称。

メダル発行当時はナポレオン皇太子、あるいはNapoléon Eugène Louis Bonaparteでした。

 

裏のデザイン

このナポレオン4世の肖像が描かれたメダルを時に見かけるのですが

裏面に碑文や年号が刻印されたものは、今回もメダルを除いて、見たことがありません。

皇太子協会はメダルを製造したものの実際に発行、すなわち

誰かに授与したことがほとんどなかったためでしょう。

非常に稀少なメダル、ひょっとして、唯一枚かもしれないメダルであり

海外での取引記録を見つけることができないほどです。

当初、今回のメダルは非スラブ入のまま、とあるコイン商が販売していたのですが

自分が気がついた時には販売済になっていました。

その後、スラブ入MS62となり再販されていましたが、価格が2倍を超えていたため

購入を躊躇していたところ、買い手が現れることなく取り下げられてしまいました。

いつか、国内オークションに出品されるのでは・・・と期待して待つこと4か月

ようやく、国内オークションに出品されたところで落札した次第です。

 

さて、肝心の碑文ですが、リースに囲まれた中心部分を訳してみると

1870年4月28日の会合 シェノン殿 ブルージュ郡(親愛なる)

シェノンがどのような人物か、調べても分かりませんでしたが

おそらく、皇太子協会の活動に貢献した人物だったのでしょう。