提出物を出さない子にどうしたら出してくれるようになるかなぁといろいろ試行錯誤していたのは、私の前半の課題の一つでした。
ただ、、、
いつも忘れる子は決まっていて、出さない子を見ていると、
正直言って、この課題はこの子に必要だろうか?という課題も多く、
そこからして、全員への強制課題は、本当に正しいものなのか?と感じることが非常に多かったです。
(私は提出物を決める権限がなく、ただ、サポートするのみですが)
ただ、課題がないと強制力は当然ないので、勉強系は特にやらない子はやらないし、それでもやる子はやります。
それぞれの子に合った適切な課題を見つけてあげて対応してあげることは、
現実的には不可能に近いのですが、それでも、もうちょっと子供を見てあげれないものか…ともどかしかったです。
私だったら今日はこの子にはこの課題は出さないなぁとか、
この子にはこの課題よりこっちの課題のほうが向いているのではないかな?とか、
そんなことを思いながら過ごしていました。
夏休み前に、とあるアンケートがあって、子供たちが何を書くのかなと思ってみていたら、
「勉強がしたい」と答える子がいました。
その子は読み書きができていて、はっきり言って現状の状態ではつまらないのだと思います。私にも、「もっともっともっと勉強させてくれ」と訴えてきます。
その子の欲求を満たしてあげたいのだけれど、立場上それができない、、、本当にもどかしいです。
一方で、とある子は、明らかにその子にとってうまくいくアプローチが違うのに、全体指導がゆえにその子に強制しなければならないので、強制させられていると、あるとき、その子が、
「勉強なんて大嫌い!!」とつぶやいていたことがあります。
その子はパソコンに非常に興味があって、きっと現状すごくつらいだろうなぁと感じます。
おそらくそちら系でうまくやればきっとぐんぐんと伸びていくように思います。
実にもどかしいです。
その子は字は一切書かないですが、その子は難なく読むことができます。
すごく難しい言葉も知っていて、頑張ってお話すれば理解も通じる時があります。
図書館に連れて行ってもらってよく本も読んでいるようで、学校の教科書なんてつまらないだろうなぁと感じます。
こちらから提案はできないですし、私がやれることなんて限られているので、本当にもどかしいですね。
幼児の早期教育のすべてが良いとは言いませんが、
公共教育はちょっと子供を馬鹿にしすぎではないかな??と思うような内容が多くて、それは見直されないものだろうか??
というよりも、、
もっと個別最適な公共教育があるといいのにな・・・と思ってしまいます。
(個人的な内容なのでぼかして書いてます)
そして、
「提出物」って、、、本当に難しいものだなぁと。
ちなみに、朝どうしても出してほしい提出物は、出せない子の行動を観察して、
あ!!こういうルーティンをしてしまって、こういう癖のある子なんだなぁと分かった時、そのツボをついてみたら、見事にはまって、朝に出せないことがなくなりました。
よかったよかったと思って。
慣れでもあるんですよね、提出物って。
出さないことに慣れるというのは簡単で、出すことに慣れるのは案外自分のもろもろの行動への自制心のようなものが必要な気がします。
また、その提出物の意味、理屈を教えてあげると案外すんなりと出せるようになる子もいますね。
一方で、提出物の意味が見いだせないと思っている、思い込んでいる、結果なんとかなっている子は、なかなか行動修正は難しいので、
自分でやっぱり出したほうがよい、出すことのメリットを感じるまで待ってあげるといいのではないかなと思います。
ここで良くないのは、大人が関わり過ぎてしまうこと。
学生時代なんて失敗してなんぼなんだからなぁと。
我が子の子育てを振り返っても、
自省しつつ、
いろんな学びをもらえることには感謝ですね。