一日遅れですが、三橋貴明氏のブログで今日も政治・経済を学びます。
大変重要な一遍です、是非実を通して頂きたいです!
★すでに、PB赤字が70兆円近くに達しているにもかかわらず、国債金利は上昇した? インフレ率は上がった? むしろ物価がマイナスに転じ、デフレ化が進行している。
理由は、PB赤字の拡大が足りないためです。つまりは、間違った貨幣観、国家観に基づき、政府が国民を救わないからこそ、デフレ化が止まらないのです。
結局のところ、日本国民が財政破綻論から脱却するためには、二つの正しい「観かた」を多くの国民が共有する必要があると思うのです。
1.国家観:人間は、「権利」「生産性高い経済」「安全保障」などが理由で、共同体に属さなければ生きていけない。共同体の最大のものが国家である。
2.貨幣観:貨幣とは債務と債権の記録、すなわち貸借関係の「情報」であり、変動為替相場制の独自通貨国、すなわち主権通貨国は、インフレ率が適正な範囲に収まる限り、国家が「国民を救う」ために貨幣(新規国債)を発行して構わない
コロナ禍で明らかになったのは、多くの日本国民が、貨幣観はもちろんのこと、国家観も喪失している、あるいは「間違っている」という事実でした。
明らかに、政府の初動の失態(中国からの入国禁止を躊躇したことなど)により、コロナのパンデミックを食い止めることができず、国民が困窮している状況で、
「(給付金などの)カネをくれって、乞食か」
「生活保護の人に給付金を出すのは反対」
「(コロナ恐慌下で)これでもたない会社は潰すから」
「政府も全員を救うことはできない。優先順位の高いもんを政府が助けて(後略)」
(※全て発言ママ)
などと自己責任論がネット上を飛び交い、わたくしは、すでに我が国は「国民意識」が壊れていることを理解したのです。
国民意識とは、
「中国や韓国に強気の政治家、サイコーっ!」
といった愛国プロパガンダの話ではなく、
「同じ国民である以上、全ての国民を守る」
という、国民同士の助け合いの決意のことです。中韓叩きは、ルサンチマンにまみれた一部の人には気持ちがいいのかも知れませんが、同じ口が「国民を見捨てる」的な発言をした場合、その人は国家観がないか、もしくは間違っているのです。
もっとも、なぜ自己責任論がこれほどまでに蔓延り、むしろ受け入れられているのかといえば、貨幣観を間違えているためです。先ほどの、
「政府も全員を救うことはできない。」
が典型ですが、全員を救うことができるのですよ、主権通貨国である日本政府は。単に、国債を発行するだけで。
★今回の話はかなり厄介で、例えば「正しい貨幣観」を持っているかに見え、財政破綻論を否定する人が、国家観が欠如しているケースが少なくない。いわゆる、グローバリストです。
竹中平蔵は、日本が財政破綻するとは、微塵も考えていないでしょう。単に、自分のビジネスに有効と判断したとき、財政破綻論を唱えているだけです。
あるいは、高橋洋一は財政破綻論を否定する際に、「政府の資産が十分にあるため、負債が多くても問題ない」系の主張をしていますが、つまりは「いざというときは、政府の資産を売ればいい」という話なんでしょう? そのとき、政府の資産を、安く買い叩くのは、誰?
逆に、共同体意識をきちんと持っている方であっても、正しい貨幣観が無い場合、
「国民を救うべきだとは思うけど、国にお金がないから・・・」
などと、諦める。(その後、最終的には自己責任論に向かう)
繰り返しますが、日本政府は全ての国民を救うことができるのです。
日本円の通貨としての信認を維持する施策について、自民党財政再建推進本部(本部長・下村博文政調会長)のプロジェクトチーム(PT)がまとめた中間報告が19日、明らかになった。財政危機が発生した場合は、外国為替市場で円の急落を招く懸念があると指摘。足元では新型コロナウイルス対策で大規模な財政出動を行っているが、「中期的な観点から財政健全化の道筋に戻っていかねばならない」としている。
PTは宮沢洋一元経済産業相が座長を務め、昨年11月の発足以降、市場関係者へのヒアリングなどを重ねてきた。中間報告は、コロナ対策に伴う財政拡張について「子や孫の世代に負担を先送りし続けることは無責任だ」と強調。人口減少や少子高齢化が進んでいることも踏まえ、「めりはりの効いた財政政策が求められている」との認識を示した。
また、中央銀行による国債の買い支えなど、主要先進国の常識から外れる政策を採用すれば「円の信認が問題になりかねない」と説明。円の国際的な利用拡大を図るため、アジア通貨と直接交換できる市場の拡大や決済の円滑化に取り組むことも必要だとした。(後略)』
宮沢洋一をはじめとする自民党の緊縮派政治家は、正しい貨幣観も、国家観も、双方を欠く最低の連中ですが、彼らが「権力」を持っているのは確かなのです。
★そして、彼らの、
「子や孫の世代に負担を先送りし続けることは無責任だ」
といった、間違ったレトリックが、「国家観はあるが、貨幣観を間違えている」国民に、よく響く。
さらには、
「アジア通貨と直接交換できる市場の拡大や決済の円滑化に取り組むことも必要」
が、国家観のない連中に、やはりよく響く。
そもそも、日本円はハードカレンシーです。ハードカレンシーとは、あらゆる国際市場で両替可能な通貨のことで、日本円、米ドル、英ポンド、ユーロ、スイス・フランなどになります。
何で、今さら「アジアの~」とかやらなくてはいけないんですか。意味不明な上に、アジア(というか、恐らくは中国)媚びが気持ち悪い。
さらには(デフレが続いているため)「有事の円高」になる国であるにも関わらず、「円の信認」といった抽象用語で危機を煽る。
間違った国家観、貨幣観を持つ政治家が、自民党はもちろん、野党にもはびこっている。とはいえ、そもそも「日本国民」が国家観を持たず、間違った貨幣観(商品貨幣論)を信じ切っている以上、当たり前の話なのかも知れません。
我々も変わりましょう。そして、正しい国家観と貨幣観をもつ政治家を、国会に送り出しましょう。
そのためには、発言することです。我々が正しい国家観、貨幣観に基づく発言をしたとき、事態は極々わずかではありますが、確実に「良い方向」に進むのです。
P.S. 国家観と貨幣観が正しい政治家が皆無というわけではないため、念のため、ご紹介しておきます。
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