久々にアメブロに記事を書いてみました。
(スマホですぐ書けるから)
自分が元気でいるとき、
必ず世界中のどこかで
絶望の淵にいる人、
がいます。
また、
自分が絶望の縁にいるとき、
とても幸せで満たされている人
がいます。
北半球が夏のとき、
南半球は冬です。
一年の大半が冬の場所もあれば、
一年の大半が夏の場所もあります。
同じように、
一生の大半が困難なことばかりの人もいれば、
一生の大半が平和な人もいます。
人生は基本的に不公平で、
多くの場合、
大なり小なりの困難にぶつかります。
困難だらけで、
何から手をつけたらいいか、
わからない人もいるでしょう。
絶望感や無力感に苛まれている人もいるかもしれません(というか、必ずいらっしゃるでしょう)。
ただ季節と人生で違うのは、
人間はいつからでもやり直すことができるということです。
もちろん、人生ですべての願いを叶えることができないこともあります。
30歳からメジャーリーガーになることは難しいし、
ある年齢を超えると子どもを授かるのが難しいこともあります。
自分が思い描いたとおりの、
100パーセント思い描いたとおりの人生を送れる人はいません。
しかし、それは
悪い意味でも、良い意味でも、
「想定外」
という意味です。
必ず、
良い方向に向かう「余地」「希望」は
どんなときにも残されています。
たとえば、
あと一週間の命だったとしても、
そのときあなたがかけた優しい言葉で救われる人がいます。
あなたがごはんを美味しくいただいたことで、
お米をつくってくれた農家さん、
食事を用意してくれた家族は喜ぶでしょう。
幸福はとても小さなところにあります。
その世界に行くには、
自分が希望を持って、
自分の人生をまっとうするという覚悟を持って、
自分をより良く知り、
改善すべきところは小さなことからコツコツ、
無理のないところから始めていき、
同時に
自分をいたわり、
自分をゆるし、
休むべき時期には徹底的に休息し、
力をたくわえ、
自分にゆとりが出てきたら、
他者をゆるすこと、
人にはさまざまな成長の段階があること、
人生にはさまざまなルートがあることを知り、
できれば、
成功している人ではなく、
なにかをごまかして生きている人ではなく、
「より良い生き方をしている人」
「ほんとうの意味で幸福な人生を送ろうと努力している人」に
書籍でも
対面でもいいので出会い、
そこからたくさん学んで、
日々、自分の生きている一瞬一瞬を大切にしていけば、
必ず、
小さなところから、
もつれた糸が少しずつほぐれていくように、
さまざまなことが
良くなっていきます。
そのために必要なのは、
やはり、
「社会的に認められた、出来合いの幸せ」
を求めるのではなく、
「自分も、周りの人も、あたたかくなるような、肚の底からの幸福」
を祈るように育てていこうとすること、
だと思います。
自分で小さなところから、ほんとうに大事なものを育てていく、
慈しんでいくと、
不思議なもので、
やるべきことが見えてきたり、
助けがやってくる気がしています。
なんとなく、こんなことを書いたほうがいいかな、という気がしたので書きました。
どんな方も、今日もよい一日になりますように。
(おわり)