2ヶ月ぶりにあず姐こと宮田あずさ先生の鍼にうかがって
初めて、泣く。
おお、恥ずかしい・・・・・。
こういうときに泣くということは
自分が自分をわかってあげられてないからだ。
本当はイヤだったり、本当は悲しかったり、本当はつらかったり、
本当は不安だったり、などなど、していることを
「イヤと思うなんて自分勝手だ」「悲しいとか苦しいとか言ってるけれど
私よりもっと苦しんでいる人がいるし、誰だってみんな苦しんでいるのにこの程度で
なに甘ったれたこと言ってるんだ」「過去や未来ばっかり見ないで今にフォーカスしなよ」
「ごちゃごちゃ言ってないで行動しなよ」
って常に自分につっこみというか非難している。
自分を認めるとか受け入れるとか丸ごと愛するとか
わーってるんだよ、もう、さんざんあちこちで言われてるんだからさー
でもできねーんだよ
なんでできないんだよ、本当に駄目なわたーしねー(古)
ってできない自分をまた非難する。
変わりたいし変わってきているけれど
でもわたしってまだこんなところにいるの?・・・・と落ち込む。
でも、誰かに言われていちいち泣くってのは結局、自分に対して
優しくしてないからだ。
一番わかってほしい自分が、自分を認めてないから
この世はうつし鏡だから
認めていない世界がわたしの目の前にちゃーーんと現れてくれる。
「まだこんなところにいるのかよ」ってつっこむ世界が現実化する。
だから、
心の中にわたしがやることなすこと全てに「OK」「YES」「GO」を出してくれる
キャラクターを作って育ててあげる
というのはあず姐が教えてくださった。
今、それはどんな人か考えていたら
ある人の存在がふと思い出されて、ああ、この人が丸ごとわたしを受け入れてくださったら
わたしはもう大きく変われるな、と思い
心の中にいる彼を「YESの皇帝陛下」と名付けることにした。
しかしこれには訓練がいるらしい。
失敗も必要だ。
そりゃそうだ、自分のやることなすこと思うこと言うことひとつ残らず全て「いいよ」と
なったら
わたしがかつて嫌悪した一派と同じになっちまう(今はそんなに嫌悪してません)。
究極、別に同じになってもいいのかもしれないけれど、
でもまあ、だからトライ&エラーが大事なのであろう。
いずれにしても結局薬局(←ヤメロ)(←いや、結局薬局って結局の究極形態だと思ってる)(←違)
どうしたってそこからが始まりで
「いや、でもやっぱりあかん、頑張ろう、変わろう、行動していこう」みたいなのって
その後にできることなんだな、としみじみ思う11月の風の日。
じっくりやっていこうそうしよう。
心の中にいるYES皇帝(皇帝は肯定じゃん!今気がついた)を想うと心がほんわかするから
これはいい気がする。
すっごいムカつく。
イヤだっつってんのにさぁ!
イライラする。
悲しい。
寂しい。
苦しい。
怖い。
いやだいやだいやだ。
を何百倍もの、でもでもでもでもでもで打ち消そうとしたら
「そうだよね、いいんだよ」って言ってもらおう・・・・・。
私の普通は誰かの普通ではないし
誰かの当たり前は私の当たり前ではないし
人はそれぞれの世界でそれぞれ生きていて
誰かの怒りも誰かの不愉快も誰かの不機嫌もわたしのものではなくて
(「わたしは悪くないもん」って開き直るという意味ではない)
でもわたしのそれもわたしのもので誰かのものではないから
結局薬局(←気に入ったのか)、ぜんぶわたし、じゃん。
でも、
わたしはわたしでもなくてたくさんの情報の集合体である魂であって
地球に経験しにやってきたチャレンジャーでもあるわけで。
でもでも、そんな大きすぎることいってないでやっぱりわたしなのでしょう・・・・。
深く考えずに心にいるYES皇帝陛下とわたしの蜜月を愉しんでいく。
今は鍼の後なのでいい感じに前向きだけど
すぐにあかんくなる。
でもあかんくなってもYESだ。