片腕の夢は日常 -35ページ目

片腕の夢は日常

ひそやかに、高らかに、ゆるゆるに、くるくるに、
fromここtoうちゅう

2ヶ月ぶりにあず姐こと宮田あずさ先生の鍼にうかがって
初めて、泣く。
おお、恥ずかしい・・・・・。
こういうときに泣くということは
自分が自分をわかってあげられてないからだ。
本当はイヤだったり、本当は悲しかったり、本当はつらかったり、

本当は不安だったり、などなど、していることを

「イヤと思うなんて自分勝手だ」「悲しいとか苦しいとか言ってるけれど

私よりもっと苦しんでいる人がいるし、誰だってみんな苦しんでいるのにこの程度で

なに甘ったれたこと言ってるんだ」「過去や未来ばっかり見ないで今にフォーカスしなよ」

「ごちゃごちゃ言ってないで行動しなよ」

って常に自分につっこみというか非難している。
 

自分を認めるとか受け入れるとか丸ごと愛するとか

 

わーってるんだよ、もう、さんざんあちこちで言われてるんだからさー

でもできねーんだよ

なんでできないんだよ、本当に駄目なわたーしねー(古)

 

ってできない自分をまた非難する。

 

変わりたいし変わってきているけれど

でもわたしってまだこんなところにいるの?・・・・と落ち込む。

でも、誰かに言われていちいち泣くってのは結局、自分に対して

優しくしてないからだ。

一番わかってほしい自分が、自分を認めてないから

 

この世はうつし鏡だから

認めていない世界がわたしの目の前にちゃーーんと現れてくれる。

「まだこんなところにいるのかよ」ってつっこむ世界が現実化する。
 

だから、

心の中にわたしがやることなすこと全てに「OK」「YES」「GO」を出してくれる

キャラクターを作って育ててあげる

というのはあず姐が教えてくださった。

今、それはどんな人か考えていたら

ある人の存在がふと思い出されて、ああ、この人が丸ごとわたしを受け入れてくださったら

わたしはもう大きく変われるな、と思い

心の中にいる彼を「YESの皇帝陛下」と名付けることにした。

 

しかしこれには訓練がいるらしい。
失敗も必要だ。

そりゃそうだ、自分のやることなすこと思うこと言うことひとつ残らず全て「いいよ」と

なったら

わたしがかつて嫌悪した一派と同じになっちまう(今はそんなに嫌悪してません)。

究極、別に同じになってもいいのかもしれないけれど、

でもまあ、だからトライ&エラーが大事なのであろう。
いずれにしても結局薬局(←ヤメロ)(←いや、結局薬局って結局の究極形態だと思ってる)(←違)
どうしたってそこからが始まりで
「いや、でもやっぱりあかん、頑張ろう、変わろう、行動していこう」みたいなのって
その後にできることなんだな、としみじみ思う11月の風の日。

じっくりやっていこうそうしよう。

 

心の中にいるYES皇帝(皇帝は肯定じゃん!今気がついた)を想うと心がほんわかするから

これはいい気がする。

 

すっごいムカつく。
イヤだっつってんのにさぁ!

イライラする。

悲しい。

寂しい。

苦しい。

怖い。

いやだいやだいやだ。

を何百倍もの、でもでもでもでもでもで打ち消そうとしたら

「そうだよね、いいんだよ」って言ってもらおう・・・・・。

 

 

 

私の普通は誰かの普通ではないし

誰かの当たり前は私の当たり前ではないし

人はそれぞれの世界でそれぞれ生きていて

誰かの怒りも誰かの不愉快も誰かの不機嫌もわたしのものではなくて

(「わたしは悪くないもん」って開き直るという意味ではない)

でもわたしのそれもわたしのもので誰かのものではないから

 

結局薬局(←気に入ったのか)、ぜんぶわたし、じゃん。

 

でも、

わたしはわたしでもなくてたくさんの情報の集合体である魂であって

地球に経験しにやってきたチャレンジャーでもあるわけで。

 

でもでも、そんな大きすぎることいってないでやっぱりわたしなのでしょう・・・・。

 

深く考えずに心にいるYES皇帝陛下とわたしの蜜月を愉しんでいく。
 

今は鍼の後なのでいい感じに前向きだけど
すぐにあかんくなる。

でもあかんくなってもYESだ。

 

 

 

 


 

 

坂道を転がる石のように思考がコロコロコロコロするので
瞑想をする。

瞑想をしたって思考も雑念も消えるわけではないが、どう考えても溶ける一瞬があったり、無とは言わないが浅いんだか深いんだか判別がつかない所へ行き、部屋の掃除ができる気がするので、
やはり瞑想は続けたい。
瞑想も座禅も、例えば「精神統一」とかそういう目的を持った途端になにかから遠ざかる。
「やりたいからやる」もしくは「ただやる」ものだと思ってる。

そしてやはり呼吸なんだな、としみじみ思う。
呼吸、していこうそうしよう。

似た者同士ってラクなんだろうなと思う。
ラクっていいことだ。
思考の方向性が似ていて、相乗効果で上昇していけそうだ。
だからって必死で真似するなんて愚かだ。
頭悪いのによいフリしたり、わかっちゃいないのにわかったフリしたり、笑いたくないのに笑ったり、違うのに同じフリしたり
馬鹿は馬鹿でもすっとこどっこい級の馬鹿っぷり。
必死になることの愚かさよ。
だからって無理して阿保になることもないではないか。
わたしなりにわかってることだってある。
それが例えなにかの真理から遠くとも、
カノヒトの琴線に触れずとも、とも、とも…
うーん、だから、ね。
わたしはどこに行ったんだよ?

真逆だからって、ラクじゃなくたって、雛壇におさまってもいいんじゃないのか?
だからこそ見える世界があるって信じなきゃ
もう生きていけないよ、わたしゃ。
背中の痛みは消えないよ。

人と人は影響を与え合うもので、その影響がお互いの成長につながるのならこんなに素晴らしい関係性はなくて、そこまでいかずとも刺激になったり学びになるって、いい。
そうなんだよなぁ、うーん…じゃあなんで?なんでなの?とか思い始めるとゴールのテープがまたたく間に消えてしまい
イチカラセンマデあかん理由を見つけることができてしまう。
その天才がわたしだ。
そんなことばっかりしてたら生きていけないよ、あたしゃ。
肝臓の重みは消えやしない。

そうして表出した世界はわたしの映写機が映し出したものだ。
今これがわたしが信じた現実で望んだ世界。

唯識唯識。
わたしの宇宙。
わたしのつくりあげた宇宙。

もういやだ、とか
もう変わりたい、とか
そんなこと言うのももう飽きた。
なぜハンケチを買った夢を見たのだろうか?
ハンケチにアイロンをかけることだけがわたしの唯一の救いだからか?

写真を撮るのは下手くそなんだけど、そうではなくて
なんで駄目なの?どうしてなの?と悔しくて悔しくて
そういうちっぽけすぎる悔しさが蓄積していった数ヶ月。
長いだろうか?
でもわたしにはまだ短すぎるから、
「もういい加減に」とかは思わない。ように。
罪悪感は最もいらなくて。
どこにわたしがいる?
捜索は始まったばかり。

皇帝には皇帝の世界があらっしゃる。
土足で踏み込むことはしてはいけない。

また見て見ぬフリをしなければいけないのかと思ったけれど、
それを選択しなければよい。
「こうしてるのになんでそんなこと思うんだ!(怒)」となっても
それとこれとは違うのだ。
でも、それだって選択だ。
ゆーいーしーきー!

富士山の真夜中の月を眺めたときと
何もないガランとした部屋の中で長年見てきた文字を見て大声で泣いたとき
同じ気持ちだった。
どうか、どうか、お願いします!って何度も何度も声を出して祈った気持ちを
思い出したい。

ROCK!ROCK!ROCK!ROCK!でーっと!って叫ぶ。
悔しいから。
それくらいしたっていいよ、わたし。
しでかすだけが人生だ。
しでかしたってくりかえしよしよししなきゃいけないでショ?

歌いたい歌をなすがままに歌うのだ。
All You Need Is Loveって目にできたこの瞬間のメッセージに震えたりしてますよ。












11/3のRADIO SAKAMOTOオーディションコーナーにて
応援させていただいている



が、選出されました!めでたい!
今回は最新曲「おわりのはじまりのおわりの」でした。

 

 

これを機に
暗黙公認!?実は非公認の応援ページをつくりました。
 

はじまりの多楚可"れカンターレのはじまりの勝手に応援の

 

始めたばかりですが
最新記事は今回のオンエアの書き起こしです。
ぜひお立ち寄りくださいませ。

 

今までのたそかん記事もぜひにm(__)m
つか、けっこう書いてるな・・・

 

前半で熱く語ってます

「多楚可"れカンターレと大人の夜と」

https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12401236774.html

 

後半で宣伝してます

「浅はかクリスマスと多楚可"れカンターレ」

https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12428163260.html

 

2度目のRADIO SAKAMOTO選出にファンが浮かれてます

「多楚可"れカンターレに興味津々!」

https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12431289854.html?frm=theme

 

横浜イベントライブのふざけた感想(真面目に書いたのに)

「多楚可"れカンターレin横浜でゴーゴゴー」

https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12436328687.html?frm=theme

 

RADIO SAKAMOTOで次点になった話と新曲2曲の紹介
「多楚可"れカンターレ★Next Stageへ!?」
https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12444560306.html

 

休止中ですがちょうぱんズの相方みゆきぃぬちゃんが
たそかんのイラストを描いた話と新曲の感想
「多楚可"れカンターレのイラストとか新曲とかなんとか」

https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12452871659.html

 

たそかん代表曲「この世界から~」についてnoteに書いたこと
「9/11の響き この世界から戦争がなくならないのは」

https://ameblo.jp/kintotoco/entry-12524144942.html

 

 

 

 

料理家・坂田阿希子さんの洋食レストランが来月、代官山にオープンされるそうな(知らなかった・・・)
名前が「洋食Kuchibue」!!
かわいい!

「ふんふんふん~~♪」なんて口笛と歌を口ずさみながら
スキップして訪れたくなるね(←そうか?)

 

坂田さんは料理教室「studio SPOON」をされていらっしゃって
これまた、なんか、そそられるお教室名ではないですか!
もたろん料理本も出されておりますが、
料理苦手(嫌いではないが)で下手っくそで

超簡単な日常庶民家庭料理しか作らないので
私の中での圧倒的おされ料理を作られる坂田さんの本は
立ち読みして「ほえ~~~~」っと眺めているような存在。

 

ところが、最近ちょっとした環境の変化で
自分の範疇外のお料理もちょっとだけしてみたいなぁ、なんて思ったり

思わなかったり思ったり、してます。

 

や、まあアテクシってばお料理のセンスが全くなくてね、
作っていただけるならそれに越したことないわん、という感じなので

気合入れて料理ガンバロー!という気持ちでもないんですが、
おいしい料理の脇っちょというか箸やすめ的な小さな料理くらいは

作ってみてもいいんじゃないかと。
ソンナ気持ちになっております、はい。
誰もおいしいと思わないとしても
やっぱり自分の味が恋しくなったりもしますしね^m^

 

ということで

坂田さんのお料理本、今度購入してみようかな。

その前に店舗にも訪れてみたいものです(気になるのはお値段ですが・・・)。

 

坂田さんとミナペルホネンの皆川明さんとの対談、すごくいいです。
お二方のいい意味でガッツリ、いい意味でソフトなこだわりと美学と愛が満載です。

http://www.switch-pub.co.jp/sakata-akiko-and-minagawa-akira-interview/2/

 

 

ちなみに私の料理の原点は
母親をのぞいては小林カツ代先生本です。
息子のケンタロウさん本にもお世話になりました。

あとは定番で栗原はるみさんですかね。
完全に眺める読むので大好きなのは

高山なおみさんや長尾智子さん、とかです。
この高山さんのご自宅・キッチン、すてき!

https://www.nhk.or.jp/lifestyle/article/detail/00887.html

 

モノが多いけどひとつひとつこだわりと愛着があるものしか

置いてない感じがわかる。
生活感もあっていいなぁ・・・(憧)

こういう感じに暮らしたい・・・。