片腕の夢は日常 -33ページ目

片腕の夢は日常

ひそやかに、高らかに、ゆるゆるに、くるくるに、
fromここtoうちゅう

https://note.com/kataude/n/n83e3155cf885

 

朝起きたらよい天気だった。
お天気なんて雨でも曇りでもなんでもいいや、と思っていた以前の私と違って
「よぉし!」と声に出して洗濯と軽い掃除。
よい音でよい音楽を聴きながらの家事は幸せなんだなぁと、この年齢になって初めて思う・・・・。

電気のアンペアがあまりに小さくて何かというとブレーカーが落ち、
いつも暗闇の中でドライヤーをかけたりお湯を沸かしたりしていたので
さすがに耐えられん、と変更していただく。
電力会社の方が来て「アンペアを上げましたがなんちゃらかんちゃらで」と優しく説明してくださるのを何故か正座して聞く。
しかしさっぱりわからん。
もうブレーカーが落ちる心配なくガンガン電気が使えるということではないのか、違うのか。
「何かご不明点はありますか?」と聞かれ「不明かどうかわからないほどなんだかよくわかりません」と答えたら
「なにかあったらいつでもお電話ください」と苦笑しながら去られた。

なんでこんなに理解力読解力がないんだ、としばし正座のまま落ち込む。
が、すぐに友人Kが来るので崩れてはいられないのだった。

改札までKを迎えに行く途中に、駅近ビルの上の階から見た夕焼けがあまりにきれいで少しだけ眺める。
もっとこの街を楽しみたいなぁ・・・・とか考えつつ。
ひとりでいるときはひとりがいいと思っていたけれど、
ふたりになるとひとりが怖い寂しい。
こんな気持ちになるなんて・・・・・わたしらしくないのではないだろうか。
ひとりで大丈夫なわたしがふたりでいることでより強く大きくなる。
そんな自分になりたかったのに。

Kと軽く買い物をして帰宅。
Pさんがおいしい食事を持たせてくださったのでそれを囲んで
しんみりおしゃべり。
豪華な食事に地味会話(笑)
そうそう、わたしたちってそうなんだよねぇ・・・。
幸せってなんだっけ、みたいな。
みんないろいろあるなぁ・・・。
正解も答えもひとつじゃない。

21時半過ぎにKを駅まで見送って
すぐに帰って片付けしてお風呂にゆっくり浸かる。
本を読もうと思ったが目が疲れているので漫画にする。
といっても今、家にある漫画が限られているので何十回も読んでいる「リアル」読み返し。
しかし我が家の風呂はすぐに冷めてしまうのですぐ上がるはめに・・・・。
本当は毎日20分は風呂につかっていたいのに・・・。

じっとしていると考え事をしてしまう。
とても嫌な気分になるので、さっさと布団に入ってまた「リアル」。
ハルシオンはもうないからひたすら読んで眠気を待つ。
なんて言ってる間もなく5ページくらい読んだら眠くなったので(阿保)
就寝。
夢、見たくないな。
背中の重ダルさが抜けない。
でもわたしは負けないわよ。


「知ったとしても、あれこれ考えたとしても、今行われている結果は変わらないのだから、そういうもんだって思うことにしている」
というKの言葉を考える。
それは仕方なくあきらめるということなのか?
あきらめることと、受け入れることの違いってどこにあるのだろうか。
わたしは今まで受け入れたつもりで、あきらめていたのだろうか。
あきらめるのではなく、受け入れるにはどうすればいいのか?
ものすごく悩んでしまう。
行為の奥にある想いに心を寄せる。
それでも行為の傷は痛い。
その傷は全ての花を枯らすくらい強烈なものなのだろうか。

どんな自分でありたいか、どうありたいか、なのかもしれない。
わたしはどういうわたしになりたいんだ?
あなたが笑顔でいてくれれば、とか。
でもそれはわたしの我慢であってはならないわけで、だったり。

 

だめだ、いつまでもいつまでも。

腹が立ったんでしょ?
ムカついたんでしょ?

誰がなんと言ったっておかしいと思ったんでしょ?
イヤなものはイヤだと思ったんでしょ?

いつもいつもいつもいつもいつもいつも
強い物言いとか 論理的な説明とかに
ひれ伏して
自分の思ったことを間違っていると思って
自分がしでかしたことを間違ってると言って

 

謝って謝って謝って謝って
自分を責めて責めて責めて

 

大声で

 

こんなのもうやめだ!!!

 

みたいに言ってる人を目の前にして

どうしてそういうこと普通に言えるんだろうって
いつも思ってた

うらやましいなって

ずーーーーっとずーーーーっと思ってた
そんな簡単に終わっていいんだ
そんな関係だったんだ

 

私がもしそんなこと言ったらそっちも「あ、そう」っていって
あっという間に終わる
だから言えない、私、そんなこと

 

でもいつも思ってた

私も大声で叫んでわめいて発狂したかったって

 

ふざけんな!って言いたかったんだなぁ。。。。

 

ふざけんな!って叫んでも
わがまま言っても

うんうんそうかって受け止めてほしかったんだ

妄想の中で出てくるお父さんのように(現実はそんなお父さんいないだろうけど)(お父さんだって人間だもの)
でも、じゃあどうすればいいの?と思うと
どうもできない自分・・・・・・

アホだ・・・・・

 

それで今日はとにかく思ったことを書いて書いて書いて書いて
どんなに汚い言葉でもいい
どんなに理不尽でもいいから
書きなぐった。、
書きなぐりまくった。

 

そう、私、こういうこと考えていたんだ。
あの時もあの時もあの時も
きっと表に出したらまた否定されるかもしれないけれど、

でもこの気持ちは紛れもない本音だったから
それは大切にしてやらなきゃいけないじゃん・・・・・

 

涙ももう出やしねーよ

 

そういえば先月、鍼に行ったときにあず姐

「心の中にわたしがやることなすこと全てに「OK」「YES」「GO」を出してくれる

キャラクターを作って育ててあげる」
って教えていただいたんだった。
すっかり忘れてたわ・・・・・

あず姐の今日の記事でも「自分を大切にせんかいワレ」って言ってる(言い方ちがうぞ)

自分を大切にって本当にむっずかしいな。

 

でもとにかくYESって必死で言ってやろう
もっとちゃんとしっかりそうしよう

と思った日でした

 

 

 


 

https://note.com/kataude/n/ndca6f71f97c2

 

 

こう思ったの、わたし
屈辱だったの、わたし
大声でわめきたいの、わたし
反論したいの、わたし

怒りたかったの、わたし

重いねっとりとしたコールタールが
どんどん増えていって
身体の海を黒くする
その中の3滴ほどを口から吐き出す
それで充分
だと思ってた
ずっとそうしていたから

それから
白いペンキで上塗りしていく
よい子のベールで覆い隠す
首を垂れてみたりして 自分を貶める

そうしてできあがったいまのわたし
たったいまのわたしも

それでいいの?

計算式には合わない
悟った人の教えとは違う
きっと真理とは程遠い心理
甘すぎる 甘ったるすぎる 

誰にも言えない
誰にも言わない

それがたったいまのわたし
無視された
まぎれもないわたしの細胞のざわめきと心の波は
行き場をなくして 全身を暴れまわり
やがて 澱となり 浸食してゆく

また それでいいの?

間違っているとか 間違っていないとか
そんなことはどうでもよくて
だって
わたし、そう感じた 思った 
くやしかった かなしかった 不安だった
わたしの不安を わたしの怒りを ひていしないで!

かみさまはひていをこうていする
ほとけさまも 
天使も 妖精も 宇宙も
いいって言ってる

ひていするのは
人間と わたしだけ
人間と
わたしだけ

だから
蜻蛉の眼鏡が見つめてる
そのパピルスにしたためる
ひていのこうていを描くことにしようと
そこから はじめることにする

じぶんのために
そこから だれかのために

 

https://twitter.com/___h_i_n_a___/status/1201882587465179139?s=09

「溜めちゃう、我慢する、気を使うことが自分へのリスペクトを失わせる」


わかるけど、これ、難しすぎるんだよ…

わたしはよく「イヤなことはイヤと言えばいい」とか「もっと怒ってもいい」って言われるけれど

どうしていいかよくわかんない。
ガッと怒る人をみるとうらやましくて仕方ない。

泣くことも
怒ることも
気持ちを口にすることも
なんて難しいんだろうか。

本当のことを言うとロクなことがないと思うこともよくあるし。

気の使い方を間違えたりもする。
気を使うということも難しい。
気を使わないとはなんなんだろう。
それもまた難しい。

誰かとそういう話をちゃんとしたい。
どこで誰に話せばいいのかもわからない。



https://note.com/kataude/n/nf5f593577edd

 

激しい寝不足が続いているが、どうにか目覚ましで起床する。
カーテンの隙間から外を眺めるとまだ少し暗いけれど
天気は悪くなさそうだ。
天気予報を見ない、というとみんなから驚かれる。
雨でも晴れでもいいけれど、今というか最近はめずらしく晴れていてほしいと思う。
晴れているとホッとする。
今までにない気持ち。
なんでだろう。

電車では当然、爆睡。
下車駅に全く気がつかず、扉が閉まる寸前に目覚めてうまい具合にすり抜ける。
私、すごい。
先日、はさまってしまったときの痛みを思い出す。
身体の痛みとホームと車内両方の人たちの目線の痛みと
「駆け込み乗車はおやめください」という車掌のアナウンスの痛み、
痛みの三銃士。
アラミスはどれだ(?)

仕事はおだやか。
スマホの画像を整理しながら過去を振り返る。
去年以前の写真と今年に入ってからの写真と、
たった今、この瞬間のわたしの気持ちを
行ったり来たり。
これでいいのだ、
でも、なにがどうなってもいいのだ、とつぶやく。

家人HからLINEがきて「今日待ち合わせどうする」とある。
なんだ?と思ったら宝塚観劇の日だった・・・・。
スケジュール帳には書いてあるが、会社のカレンダーには書いていない(会社カレンダーにもプライベートの予定を書いている)(しかも圧倒的にこちらを確認することが多い)。
まずいな。
幸い予定は入れていないので何事もなかったかのように返信。
ああ、しかしオペラ。
オペラがないではないか・・・・。
いや、大丈夫だった、多くのヅカオタは会社に置きオペラをしているのだ(まじ)。

ランチはおいしいお弁当。
誰かの作ってくれるお弁当はおいしさ倍増。
ならわたしの作るお弁当もおいしいのだろうか。
満腹になりながらも少し心がハグハグしていたので公園に行って瞑想。
しようと思ったが、だから!観劇だから!この睡眠不足を少しでも解消しなければならない。
戻ってお昼寝。
久々に夢を見ないくらいの深い睡眠のおかげでスッキリした。
もう夢なんかみたくないっつの。
とにかくスッキリ。
よかったよかった、と思っていたら
こうやってキーボードで文字打ちをしているとあっという間に睡魔が・・・・。
ちょっとの昼寝ではやはりだめなのか・・・・。
本気で治療しなければ観劇も映画もストレス。

ここはどこなのだろう。
このトンネルの出口は近いのか。
ここはどこなのかどうでもいいことさ。


自分の持っているもの、起こった感情・想い、誰に否定されたって
わたしだけはYESしなきゃいけないじゃない。
他の誰でもない、わたしはわたし自身のお気に入りにならなければいけないじゃないか。
なぜいつも忘れるのだ。
いや、忘れてなどいない。
わかっているけれど怖くてできなかったんだ。
怖い気持ちもYESして。

わたしはわたしと今度こそ、結婚しよう。
わたしはわたしを愛している。
全て丸ごと愛している。
決してわたしを見捨てやしない。
二度とわたしを騙さない。
泣かすことも脅かすことも怖がらせることももうしない。
なにがあっても
わたしはわたしのそばにいる。
一生、一緒だ。