片腕の夢は日常 -28ページ目

片腕の夢は日常

ひそやかに、高らかに、ゆるゆるに、くるくるに、
fromここtoうちゅう



カレンダーのある日を眺める
時間があいちゃった
ためいき
全部、自分のものになったと思ってたけど
ほんとうはまだ全然自分のものになんかなってない
思い上がるな
勘違いすんな
お前はまだひな壇の一番上には上がらせてやらない
って釘をさされた
ぽっかり空いたカレンダーの日

当たり前なことであります
身の程、知りませう

なーんて
また悲劇のヒロインになろうとするところを
えいや、と踏ん張る
あぶない あぶない

むかしの「破壊神・わたくし」になりそうだったけど
そんなわたしにも
ちゃんと「YES」しつつ

あの日、うなだれながら半泣きでひいたカードが

YES

で、3流コメディかと思っちゃったよね、あの時
ええ、そう、わたしのしばらくは
極めて平凡な喜劇ですよ、ほんとに
悲劇にあらず

とるに足らないこと
足るをしること

くっだらないったらくっだらない!
貴様はただ命綱、にぎってろ!
あとは前だけ向いてのんびり歩いてろ!

昨日は
長々とどうすりゃいいのかねぇ・・・と悶々と考えていた
胃が痛くなるような自分への問いに
「こうしてみっか」という仮答えみたいなものを見つけ
それを実践しようとしたのに
早速、挫折してしまった。
でも、それでいいのだと思う。
一番大事なのは、「今、私がどうしたいか」「今、私が心地よいことはなにか」なのだから。
毎瞬毎瞬が勝負なのね。

*

他人の愛の物語の登場人物になるのはもうやめたのだ。
その舞台で悲劇のヒロインを演じてるなんて滑稽もいいところ。
わたしなんかお呼びでないっての。
失礼しました、だ。
邪魔スンナ、だよ。
わたしにはわかるわけないんだ。
どうにかできるものでもないんだ。
ましてや
わかってもらおうと思うことはお門違い。
「嘘をつかれたとしても」というお告げはものすごい強力な効力だ。
逃げるが勝ちで価値なのだ。

*

坪内祐三さんが亡くなられたことを知り軽く衝撃を受ける。
まだ61歳だったなんて・・・・・。
そんなにたくさんは読んでいないし、読んでてわからないこともあったけれど
好きな文筆家だった。
ちょっと喪失感が・・・・。
しかし、死因を公表する必要はないが、
好きな人の死因がわからないのって気持ちがボンヤリしてしまう。
「1972」という本の副題である
「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」という言葉がとても好きで
何度も口にしたっけ。

あと坪内さんといえば、神蔵美子さんの「たまもの」か・・・・。
前夫・坪内さんと今夫・末井昭さんとの奇妙な三角関係。
神蔵さんは前夫・坪内さんへの情が断ち切れず、二人の間を揺れ動く。
そんな彼女の赤裸々写真日記。
当時、夢中になって読んだけれど、
今だったら読みたくない感じ。
身につまされるというか。
わたしが坪井さんなり末井さんだったりしたら・・・と考えてしまって
胃がキリキリしてしまう・・・・。
というか、こういうドロドロ赤裸々ものは元々大好きなのだけど、
今はこういうのから卒業したい気分。

*

さわやかに、軽やかに、前向きに

*

会社のストレスチェックに引っかかったまま放置していたら
たまに診療所から「心配しています」とメールがくる(笑)
どうも返信しないといけないようだ。
いつも無視しているが
最後の一文「どうぞご自身を大切に」にちょっとホロッとくる。

自分を大切にしなきゃいけないけれど、大切って難しいものだ。

「これこれこうしなきゃ、そしてこれを我慢しなきゃ幸せになれないよ」
と言われれば
ならもうそうするしかないじゃん、と思いつつも

悔しい気持ち、腹立たしい気持ち、
罪悪感、ひたすらの感謝、幸せ感、屈辱・・・・
どれもわたしの大切な想いだから。

しかし、わたしはこうやって気持ちを書きながら
落ち着かせる部分もあるから救われる。
書きながら
ピアノの調律をしているように
だんだんとニュートラルな位置へと戻る気がしている。

わたしはたった今どうしたい?
わたしはたった今どういうわたしでありたいか?
書きながら、そこに立ち戻る。

 

 

https://note.com/kataude/n/n9e85f2bfce0a

 

今、スマホの壁紙を
先日、大好きなKさんからいただいた言葉にしている。

「片腕さんが2020年、前向きに、気持ちよく羽ばたけていけることを、私は知っています」

という、Kさんからのアファメーション。
これをいただいた時、
わたしは気持ちが塞いでいた。
ある決め事をして、それを実行していこうとしている最中で
自分で決めた事だけれどなかなか受け入れられなくて
最近、その事を考えるとお腹の奥にギュッと鈍い痛みを感じるようになり
いつでもそこにしこりが感じがしている。
それでも、
「もう、これしかないんだから、これを当たり前だと思わなきゃいけないんだ」
と下を向きながらつぶやいていた時で

そんなときに
普段、チェックしないメールを何気なくみたら
Kさんからのメッセージがあって
それは満月にくださったものだった。
その言葉を目にした途端、

あーもう、わたし、またなにやってんだろう?
何をするのでも色んな側面から捉えることができるじゃない?
今までのわたしはいつも悲劇で切なくて苦しい面しか見てなかったけれど、
こうするしかないって決めたなら
この現実を楽しく使わなきゃいけないじゃん!
令和はカロヤカなエネルギーでないとあかんのや!

と、なったのだった(で、すぐにみにっきに書いたw)

そういえば去年のセッションでの私へくださったカードには

「あなたには羽が生えています
もっともっと高く飛べるはずです
自分の可能性を信じてください」

と書いてあった。
そうだそうだ!!
Kさんはわたしが羽ばたける人だってわかってくださっているんだった。
なのにわたしがそれを知らないなんて、いや、知らないフリをするなんて
ものすごーーーーーーーくもったいないことだよね。
そして、飛ぶなら重くちゃいけないよ!

わたしが羽ばたけることを知っていて教えてくださった方がいて
それを信じてくれている人もいる。
羽ばたきたい。
羽ばたきたい!

なら、もう、目の前に見えることとあることを楽しむ。
できることをする。
あとは知らん、勝手にやってくれ!
見たくないものは見なけりゃいい。
わたしはわたしで楽しんで軽やかに生きていく。

Kさんのセッションでのカードはあと2枚ある。
1枚には
「あなたの内側に宇宙があります
深い深い、あなたがまだふみ入れた事のない神聖な世界・・・
でもそこがあなたのステージです
宇宙があなたを待っています」


もう1枚には
「あなたは宇宙と交信ができる人
次元のちがう世界が見えるんです
自信をもってあなた自身を愛して
あなたの感性を守って・・・・」


と書いてある。

そしてわたしの一番大きいオーラの色はいつも「きんいろ」だ!!!!

 

https://note.com/kataude/n/n1e53e28d911b

 

ご無沙汰しております。
多楚可"れカンターレ公式応援ブログでございます。
執筆は応援団長でございます。

2020年は昨年以上に露出が多くなるであろう、いや、多くなる!と
断言できるたそかんなので
応援ブログも「きゃ~~!また更新しなきゃ~!」なんて
嬉しい悲鳴をあげながら皆さまにどこよりも早くたそかん情報をお届けできれば、と思っておりますので
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて
そんな応援団長が「きゃ~~」となってしまった瞬間が
新年早々ございました。

じゃじゃじゃじゃんっっ!
たそかん勢ぞろいでございます!!!!!!!

(左から2号さん、3号さん、1号さん、4号さん)


なぜ皆さんが勢ぞろいされたかというと・・・・・


どどん!

2号さんのバンド「エコリンズ」を応援に来られたわけですな。

本当は4人の「エコリンズ」
今回は仲間割れのため()、2名でのステージ(なのでPARTIAL)。
鍵盤はたそかんのステージでも重要なサポートをされたこともある
たそかん第5のメンバーとも言える!?Kさんです。
教授の楽曲をたったお二人なのに豊かな音色で聴かせてくださいました!
「次は多楚可”れカンターレさんです」
なんていうMCも入れてくださったりして(#^.^#)
「きゃ~!ぜひぜひ♪」なんてこちらも冗談ながら心の中で叫びましたが
それは2月の大阪ライブで!

ちなみに応援に駆けつけた1号3号4号は
それぞれカメラをまわしたりシャッターを押したり掛け声指笛手拍子と、
エコリンズのお二人のステージを存分に楽しみつつ
愛情たっぷりに応援されていたことを
端っこでこっそり見ていた応援団長が皆さまにお伝えいたします。
絆で結ばれた4人に思わずほっこりする応援団長でありました。
 

お忙しい皆さんなので
こうやって集まるのも久々、なのかしらん?
楽しそうにおしゃべりされておりました!

そんな感じで多楚可"れカンターレの勝負の年!?2020年がいよいよ始まりました。
そろそろ大阪ライブの詳細もあがってくることと思いますが
応援ブログでも情報をアップしていきますので
あらためまして
たそかん共々どうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 



今日、聴いていたラジオで
突然流れてきて
一気に心がほどけて涙がぱたぱたとこぼれた。

【壊した家を出たくせに
今、わたしたちは新しい家をつくる】

「家」「家族」のことなんて考えたことなかった。
子供のときから結婚するまでの家も
結婚してからの家も
どこか借りものというか、仮のものもいうか、
そんな感覚があった。

でも今、初めてその大きさを感じている。

色んなことがあったし
変な家と家族だったけれど
わたしは
あの「家」とあの「家族」に守られてきたんだ。
あそこは家族と共に過ごした大切な家だった。
支えられてきたんだ。

当たり前のようなものを
本物に思えなかっただけで
本当はSweet Homeだったんだ。

それを壊した今、
わたしはどこへ行くのだろう。

【たとえひとりきりになったとしてもHome Sweet Home】

ひとりで夜の街を歩く。
新しい家も、新しい家族も、ない。

(家族は、まだいるけど…)

全ては自分が選んだことだし
望んだようになってるのが
この世の仕組み。
では、この宙ぶらりんも楽しんでいけばいいよね。