片腕の夢は日常 -20ページ目

片腕の夢は日常

ひそやかに、高らかに、ゆるゆるに、くるくるに、
fromここtoうちゅう

先日、こんな記事を書きました。

 

「私・駄目・私」

https://note.com/kataude/n/nbd44f15ac6a2

 

ここ最近ずーっと同じこと言ってるなぁ。
でももう、それしかないんですよね。
でもでも、それがとても大事だし
でもでもでも、そんな簡単にいかないもんだから
それだけで手一杯ですよね。

 

最近、自分内ブームになっている占星術も
あれこれ読んでいても

今年からは誰もがそれしかないって感じで。
あ、もちろん各星座それぞれの今年の取り組むべきものってあるけれど
てんびん座なんて、

「内観!!」って感じなんだって、今年は(;'∀')

 

そうやって虫眼鏡で自分を丁寧に丁寧に見ていって
バッテンつけてるところ多くって
それを丁寧にはがすけれど
けっこう頑固ではがれなくて

はがれないから眺めていくうちに
あー、駄目とか良いとか、それそのものに意味はないか、やっぱり
って思うようになりました。
私もみんなも好きでそれを選択していて
駄目って思う選択して 駄目って言われる舞台を選択、
ドラマを作ってるの、全部、私だから・・・。
本来的には、意味がない、よね・・・。
そう思えないから生きて、人間関係やってるんですけどね(ははははは)

 

いや、もう気がつくとジャッジしてるし、気がつくと我慢してるし
気がつくと嘘ついてるし、
できてることといえば
もよおしに忠実に(まるしー星の坊主さま)していることだけです。
ほんと、オトイレだけは即座に行ってます(笑)

*

 

俺には俺の守るべき駄目さがある

 

いい言葉だけれど、

もしかしたら守るべき駄目さって本当は駄目なことじゃないって
ことなんじゃないかな、て思いますね。
でも今思うのは
駄目とか駄目じゃないとか、そんなことはもうどうでもいいというかね。
人それぞれの表現方法の違いってだけかもしれないけれど。
私はもう駄目とかいう言葉はあまり使いたくないかも、です。

 

今日、詩を書いていたんだけど
その中で

例えば
「頭がいいとか悪いとか、どっちでもいいじゃん」って言葉を言ったとして
でも今まではその後、必ず
「や、もちろんいいに越したことないけれど」
って言ってたと思うんです。
でも、もう、それすらもいらないって
そういう内容のことを書きました。

 

といったって、普通にでもやっぱりって思ったりもしてますが。

目の前にそういうことをすっごくこだわる人がいたりして
そうすると

私もまだまだそういう世界におるのじゃな、と苦笑いしたりしてます。
ふふふ。
 

長々と書いた下の方で地味に自分の音楽活動を宣伝してしまう。
新曲できまひた。
あまりの太ってるっぷりに本当に隠したいくらいですが
これが今のワタクシメなのでね・・・・。

 

 

創作ユニット「ちょうちんぱんちら~ズ」は
イラストレーターのみゆきぃぬ

 

 


庶務るしをかきうたうたう蜜蜜子と

 

 


の二人でのんびり活動しています。

 

音楽活動時はPrf.Kこと
多楚可”れカンターレ1号さんに楽曲をお願いしています。
映像は4号さんに作っていただいておりますし
3号さんにもお世話になっております。

 

多楚可”れカンターレ

 

 

1号さんが携わった楽曲の数々はこちら
 

 


今はナッコロが地球を駆け巡っているので
地味活動をしていますが、
その全てを宣伝し、ようと思っている私たちのFBがありますので

ぜひぜひ遊びに来てお友達になってほしいです。

 

こちらではnoteでの
活動記

 

 

音声配信(今は読むラジオ)

 

 

交換絵日記

 

 

の更新も
お知らせしていきます★


しばらくはこのアメブロにも転載しちゃいますが
FBにも来てほしいです。
画像もどんどんアップ予定!

 

よろしくお見知りおきを!

 

 

noteで書いたものの転載です

https://note.com/kataude/n/n6eb0de27f634

 

 

「bye bye dramatic bird」

 

自作自演 自作自演
すべて自作自演

苦しんでるの? 自分を責めてるの?
苦しんでいることを「選んでいるの」
責めることを「選んでいるの」

自分が好きで自ら選んでいるの
したくてしてるの

すべての場面、どんな見方もできるね
哀れみに満ちた場面なのか
前向きな場面なのか
見たいように見てる
同じ画 同じ声 同じ台詞なのに
全く違うドラマになる

自分が好きでその見方を選んでいるの

思いやりですら
見方を変えれば 鋭いナイフになる

哀れむ人と 哀れまれる人は
傷つける人と 傷つく人は
甘えたい人と 甘えられる人は

セットだ
お互いが お互いを必要としている
理由をつけて
お互いが 手を離さない

わたしが選ぶこと
たった今 これからの選択をしよう

バイバイ 
もう長い間、そんな世界にいたけれど
バイバイ バイバイ
いちぬけた

どれがよくて どれがわるい そんなことじゃない
好きなところを選ぶだけ

バイバイ

自作自演なら 楽しい面白い自分のステージを
登場人物全てが軽やかで
自分を傷つけたりはせず
自分を楽しみ愛する人を

バイバイ バイバイ
かわいそうな私
ドラマティックな世界
かわいそうなあなた
ドラマティックなあなたの世界

 

*********

 

生まれたときからずーーっとこんな感じで生きてきたよね。
どこかの時点で、全て自作自演だって頭ではわかっていたけれど
実際には腑に落ちていなかった、というか
なかなか本気でそう思えなかった。
思いたくなかった。
やっぱり誰かのせいだって思ってた。

今でも思ってる部分はある。
だからこそこうやって詩にしたり日記にしたりして
わざわざ書く。
自分で気がつくために。

本当に、本当に、ほっっっんと~~~~に
この世界は自作自演だし、自分から出たものであるって
本当に、本当に、ほっっっんと~~~~~~に
自覚的にならないと
ナッコロ以降の、大変革の波に乗れないよって
言い聞かせている。

 

他人はどうでもいい。
自分だよ。

この苦しみは自分が苦しみたくて苦しんでいる。
この罪悪感は自分が感じたくて感じてる。
この憎しみも、この怒りも、この悲しみも、この哀れみも、
私がそうしたくてしている。
あの人のことも、この人のことも、

私が見たいように見ている。

 

っていっつも言い聞かせないと、
まだわかってなーいドクロ

から。
 

でも、「自分のせい」「自分が悪い」というのは違う。
そうやって、自分を責めることも、また自分が選んでる。

ちっがっうっだっろっっ!メラメラドンッ

 

ということで、
自分の書いた言葉を何度も読み返すし
これからも同じこと、どんどん書いていくよ。
 

昨年、noteでこういうのを書いたんです。
いてもたってもいられずに。

*************

きみが自分を責めることを
わたしは止められないのなら
わたしがわたし自身を責めるのをやめよう

きみが自分に刃を向けることを
わたしが止められないのなら
わたしがわたし自身に刃を向けることをやめよう

きみが罪悪感にさいなまれることを
わたしが止められないのなら
わたしが自分への罪悪感を捨て去ろう

きみが自分のせいだと思い続けることをわたしが止められないのなら
わたしがわたしのせいだと思い続けることをやめよう

きみが罪を見つめ続けることは
わたしが自分の罪を見つめ続けることだわたしが自分の罪を見つめ続けるということは
世界中の人が自分の罪を見つめ続けることなのだ

ならば
わたしからやめよう
わたしはもう自分を責めない 傷つけない 
わたしはもう自分のせいだと思わない 
罪悪感を捨てる

きみはわたしで  わたしはきみだ
きみは世界で わたしも世界だ

深い深い深い深い 
湖の底という名の宇宙で

わたしときみと 
すべての人はつながり 
ひとつになる

わたしがわたしを赦し愛することが
きみが自分を赦し愛することになり
全ての人が自分を赦し愛するということなのだから

わたしからはじめる
今、ここのわたしが源となる


************

これを書いたことをすっかり忘れてて。
でもまたいてもたってもいられなくなりました。

結局ですね、
私はね、私のことしかできないではないですかっ。
誰かを変えようなんてーのは
傲慢もいいところ。
できるわきゃないんですってば。

だって人はみんなすべからく、すっべっかっらっくっ
間違いなく、まっちっがっいっなっくっ
その状況を

自分で選択してるんですから
したくてしているんですから

私がなんとかなんてできるわけがない。
私のことも
誰も変えることはできないように。

だからやっぱり私しかないんです。
私が私とひたすら向き合って
私が私のことをひたすらやっていくしかないんです。

というのを、痛感させられております。
いたいいたいいたいいたーいっ!
わかった、わかった、わかりましたってば!
という感じです、はい。

それで、先の詩というか散文を読み返して
できてないよー!あたし!忘れてたんだよー!
という叫びをまたnoteに書きましたのよ。
こんな感じで。

***********


おい!あたし!甘いぞ!全然できてねーじゃねーかよっ!

ぬるいことしてんじゃねーぞ!
根性なしの努力嫌いだけど、
これに関しては徹底的にやってやる
それが「ぶっ飛んだ魂」がまずやるべきことじゃないの?

自分を赦し 自分を愛する
徹底的に赦す 徹底的に愛する

開き直りではないけれど、
もうナイフ突きつけてる場合じゃないんだってば

全部、自分だ
あれもこれも全部、自分だ
だったら 
全ては自分からだぞ、ま・じ・で!

あたし!わかってんのかよ!
ナイフ、捨てろ!
とっとと赦せ!とっとと愛せ!

************

そう宣言したら見事に「自分が世界ですからね」「自分しかないですよ」「自分がやるのよ」みたいな話が

絶賛、目に飛び込んできております。

さわやかに 軽やかに 面白くやっていこうと思います。



note更新しましたのよ。

「喜劇のヒロイン、大泣きする」

https://note.com/kataude/n/n58b969fa4cfc

 

 

情緒不安定でなにかってーといじけて泣いてる話。
大好きなkaiさんの過去のメルマガで
「泥臭いけど、一緒に軽くなっていこう」
って書いてあって、
 

軽くなる、って
こんなことでウジウジいじけて泣かないで笑っちゃえ!
ってことかな?それとも
ウジウジいじけててもいいじゃん、そんな自分もYESして笑っちゃえ!
ってことかな?どっちかな?
って思って、
今は無理することないから後者でいこう。
泣け泣け!いじけろ!疑え!どーせあたしなんてって思っちゃえ!
そうやって悲劇のヒロインな私を笑いながらポンポンって頭なでてあげよう。
ポンポンしてあげているのは、喜劇のヒロインの私。

 

どっちの自分もいるから。

安心しよう。

 

私、物覚え悪いから、
何度も同じことしてる。
でも、進んでる。
うさぎから見ると「同じところ足踏みしているだけじゃん」って感じだろうけど
私は前へ進んでいる。
私だけがわかってればいいもんね。