自分の今、一番とりくんだほうがいいみたいなことって
意識していないのにどんどん目に入ってくる。
たまたま目にした広告に、
いつも読んでるメルマガやブログのタイトルに、
ふと耳にした誰かの言葉の中に。
ああ、そうか、これに取り組めってことか、とあらためて思わされます。
自分もそれを望んでいるから情報が入ってくるんでしょうね。
今は
自分の想いを言葉で表現すること、伝えること
それをしながらちゃんと対話をすること
が、私がしたいことです。
自分でも
先日、記事でしいたけさんのブログのことを書いたときも★
わかりあえないからわかりあおうとすることを書き、
昨日も、山田ズーニーさんのことを書き★★
「素の自分を表現すること」がしたいと書きました。
コミュニケーション(特にパートナーシップ)や腹を割って話すということだったりを
テーマにした記事やら言葉がやたら目に入ってくるし、
自分自身も日々、他人に自分の気持ちを伝えることの難しさを
実感したりして、
そして相手を本当にわかろうとしていたかな?と自問したり、
本当に、
素の自分を表現しつつ、相手と対話することって
簡単じゃないなぁ、と思う次第です。
まず、自分の「想い」というものが本当の想いなのかどうかが
自分でわからないじゃないですか。
(「いや、わかる」と自信を持っている人だって
それは自覚していないだけかもしれないよ)。
そこもちゃんと見留めつつ
本当の素直な本音なのか。
出そうと思っている言葉とは違うメッセージがあるのではないか。
(怒っている人の多くに潜む想いが「悲しい」とかだったりするし
今その場のことを怒っているのではなく、過去の何かを溜め込んでいて
それを今代わりに爆発させている場合とかもあるし)。
何かをごまかそうとしていないか。
相手に言ってほしい答えがあってそれを引き出すために話していないか。
そんなことを自覚しつつ
違和感やイヤだと思ったことを
ちゃんとこれこれこうだからイヤです、と真っ直ぐに言う。
したいことも、こうだからこうしたい、と真っ直ぐに言う。
自分の想いを推しつけではなく、単純に想いとして伝えること。
想いや感情を素直にその想い・感情のまま言葉にすること(爆発ではなく)。
ある方がこんなことも書いていらっしゃいました。
「あなたのイスとわたしのイスはちがうのよ、というとき、
ただ「ちがう」ではなく、どこがどうちがうのか細かく言えると、
「それはちがうね」とお互いに認識できる。
思いは見えないので、言葉を尽くすしかない。」
きっと、技術では伝わらないかもしれません。
下手でも不器用でも、素直にそのままの気持ちや想いを一生懸命伝える。
それが本当は一番いっちばん難しいのでしょうね。
そしてわかってもらいたいと同時に、わかろうとすることも
忘れがちですよね・・・・(自戒)。
わかりあう、というより「違い」を認識しあう、ということが
コミュニケーションの本質なのかもしれないです。
それはもう
「この人とはわかりあえない」という絶望を知るからこそ
希望を見出していこうということのような気がします。
なんて感じに
頭でっかちになって考えすぎると言葉が出なくなるし、
そのあたりも難しいですな。
きっと死ぬまで訓練なんでしょうね。
でもちゃんとやっていきたいです、本当に。