”椅子がない…” | 片腕の夢は日常

片腕の夢は日常

ひそやかに、高らかに、ゆるゆるに、くるくるに、
fromここtoうちゅう


 

私の大好きな2大魔女のひとり、kimyさんの今日のブログです。

ミニkimyちゃんを私も抱きしめてあげたくなりました(涙)

 

今、自分が大人になってみると

(自分も含めて)大人っていったってただ年齢を重ねただけで

精神的にちっとも大人じゃない、

むしろ子供よりも子供な大人だっているし

大人だってたっくさん間違える。

 

でも子供にとって大人は「絶対」。

だからその頃に大人にされたり言われたことって

いつまでも心に残るよね・・・・。

 

私にもたっくさんある。

あまりにツラくて心の奥底に封印して思い出さないように

していることもあると思います。

 

以前、ちょっとどこかにも書いたと思うけれど、

(kimyさんの思い出ほど悲しくない出来事ですが)

私の印象的な子供時代の思い出は

 

家の中で離れみたいになっていた小さな私の部屋の

さらに小さな押入れの中に入ってひとりで本を読んでいる私。

部屋の外からは

母と姉の楽しそうな笑い声が聞えている。

 

とかね。

ご飯を食べたら私はいつも部屋にこもっていたなぁ。

 

あの時の私のことを思い出すたびに

私はあの部屋に戻って私を抱きしめる。

kimyさんも記事に書かれていますが、

それをしたら子供の頃の私の気持ちも救われて

それが今の自分に関わってくるってこと、すっごい信じています(*^_^*)

(インナーチャイルドのケアとなではなく)。


そして、そうかそうか、あの頃の大人にも伝えたらいいのだね。

それも今度、やってみよーっと。

 

kimyさんはとっても鋭くて敏感な方だから

子供時代にさぞや哀しい気持ちをされたんじゃないかなぁと想像すると

本当に切なくなりますが

今、こうやって思い出してあえての記事を書かれるということは

(あまり更新されない方なのに!)

きっと何か意味があるのでしょうね。。

 

*

 

こうやって自分で子供時代のことをつらつらと書くと、

いつまでも古傷を抱えてあーだこーだ言ってんじゃねーよ、と

もうひとりの自分が文句たれますが(苦笑)

 

そういうのはもうどうだっていいじゃないか、と思います。

抱えてようが忘れようが癒そうがなにしようが

そんな大したことじゃないよ、きっと。

少なくとも自分はもう長い間、過去と向き合ってきたし

まだまだ向き合いきれてないこともあると思うけれど、

どうにかしようってそこばっかりフォーカスすることなくって

思い出したり思い出さなかったり、

なんか、その時その時どうにかすればいっかって思っています。

今週の「僕キセ」を見て号泣したのも(笑)

きっと古傷のせいだろうけれど、それでいいじゃーん。

泣いてスッキリ以上!ということです。

 

今日もkimyさんの記事を読むことができて

ガキ片腕子と会ってきてよかったです。

それだけのハナシでしたっと。