錦涛のブログ

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7月の西日本の豪雨から2か月過ぎ。もう片付いたかなと思いながらパソコンを見てまだ災害ボランティアの募集をしていることを知りました。一生に一度は災害ボランティアというものを、経験してみようかなと思い、71歳の年齢を考えると千葉県鋸南町から広島の呉市まで約900㎞(24時間)体力的にもあまり自信がなく、大きなことも言えなく軽自動車に乗りこそっと出かけました。若い頃に2年間位東京に努めていた時に、車で(カーナビ無し)で仙台、富山、大阪、など行きましたので(今回はカーナビもあるし)何とかなるだろうと思いました。24時間かけ呉市のボランティアセンターで受付をしてマイクロバスで現場へ約30分余り呉市音戸という所。まだまだ片付いていませんでした、家の床下に入り込んだ土をスコップで掘り、バケツリレーでユンボの届くところまで運ぶ、運ぶ通路が雨でぬれて滑りやすく足を取られたり長靴が抜けなくなったり、押し入れの下にもぐって、泥をかき出したり、5日間やりました、安芸郡坂町は1日行きましたが、ここは砂山が豪雨で崩れ、ある家の中庭の物干し台が砂の中に埋まっていました、そこは一輪車で運び出す作業をしていました。近くの小さな川が砂に埋まって川沿いの道が50㎝位砂に埋まっていたそうです、千葉県ではこんなに広範囲の災害は聞いたことがありません。それにしても皆さん仙台とか松本とか遠いところから、また近くは、母親が作ってくれたお弁当を持って、78歳から10代の方たち、本当に私からも有り難うございますと頭が下がります。また私の年齢を気遣っておじさん大丈夫と声をかけて頂き有り難うございました。少し早いですが年齢を考え皆様のご迷惑にならないうちに帰ってきました。

災害を受けた皆様一刻も早く復興をしますよう、千葉県よりお祈りいたします。

妻の一周忌と母の新盆を今日営みました。母は今年の2月に他界102歳の長生きでした。妻を亡くした私の心が落ち着くのを見計らうように行きました、本当に母親というのは、いつまでも母親なのですね、私は、吉田松陰という方の、和歌、「親想う」が大好きです。老人ホームに入っていたので、亡くなる前は毎日のように行くと、そんなに毎日来なくてもよいと、逆に気を使ってくれました。あの世があるなら楽しく過ごしてほしいです。

先にブログで、紹介した妻の四十九日が20日無事に終わりました。

50日近く経ってようやく一つの区切りがつくように、自分に言い聞かせ

今日を迎えたわけですが、生前は妻とバトルをしながらそんなに優しくしなくても話し相手になってくれたら・・・・これから私は何のために生きて行くのか生きて行く価値も見いだせないのです。そう思いながら毎日が過ぎてゆくのでしょうか。