心機一転したところで、
16年前に、私が横浜から三浦海岸に引っ越してきて、
なぜ普通の会社員からフットケアセラピストになったのかという経緯を、思い出しながらつづってみようと思います。
【大好きな三浦海岸に住むことになった理由】
それまでの気楽な一人暮らしを解消し、高齢になった両親との同居を決め、三浦に家を建てて引っ越してきたのは16年前の事です。
私は海がとても好きでしたので、不動産屋さんに紹介された三浦海岸の土地を見て一目ぼれ。その場で即契約しました。
後にも先にもこんなに大きな買い物を即断即決したことはありません。
それほど魅力的なところだったのです。
その想いは今でも変わっていません。
両親の家と私のマンション、どちらも売り払っての転居でした。
玄関を出ると目の前には広々とした美しい空と海。
早起きするとその海の向こうに神々しい朝日が拝めます。
海風に吹かれると心身から邪気が抜けてスッキリします。
高台には広い畑の風景が広がり、四季折々の新鮮な野菜が食べられます。
人々ものんびりしていて優しいです。
それでいて、電車に乗れば横浜~品川~銀座~浅草と乗り換えなしで行かれる便利さ。
そんな三浦で晴れ晴れウキウキとした気持ちで新生活をスタートさせ、それまでと180度違う生活が始まったのです。
【ところが・・・】
現実はかなり厳しいものでした。
体調の悪い母のお世話は思ったより大変で、
頼りにしていた父は元気なのに家事を全く手伝ってくれない。
そして、当時の私の連れ子、ならぬ、連れ犬猫たちの世話。
片道80分もかかる通勤。
更年期の症状も重なり、へとへとになりました。
そして、三浦に来てからとても元気になってきたと思っていた母が、ある朝ポックリ亡くなってしまいました。
77歳でした。
葬儀が終わってしばらくすると、父が『寂しい』と弱音を吐くようになりました。
その時、父は83歳。
私はこう考えていました。
『お父さんもガックリきちゃってるからもう長くはないかもしれない。
私が毎日仕事で12時間以上も家を空けて、休日も家事や買い物に追われ疲れて
イライラするし、話をする時間もない。これでは同居している意味がないのでは?
ワンニャンたちも増えて5匹になってお世話も大変。会社を辞めるしかないかな。』
ということで、辞めた後のことなど考えずに、土地を買った時のように即断即決で退職したのです。
その②に続く