クリスチャンの悪い癖の一つに
自分と馬の合わない人がいると
その人を一気に邪悪な存在に
仕立て上げるというものがあります。
うまくいかない原因は相手だけに
あるのではなく自分にもある場合が
ほとんどです。
ですがそれを認めたくないので
その原因を相手になすりつけ
しかもその相手をサタンや
悪霊呼ばわりまでするのです。
どちらがサタンや悪霊のような事を
しているのか考えての所業なのでしょうか?
同じ事が団体と団体間でや
国と国との間で起こると紛争にまで
発展します。
私たちはこのような歪んだ自己陶酔的、
且つ、我田引水的信仰に陥らないように
気をつけなければなりません。
「兄弟を憎む者は、やみの中におり、
やみの中を歩んでいるのであって、
自分がどこへ行くのか知らないのです。
やみが彼らの目を見えなくしたからです。」
(第一ヨハネ 2:11 新改訳)
私たちは知らないうちに
目が見えなくなってしまっているのかも
しれません。
心のうちに憎しみが去来しているうちは
みことばをしっかりと生きることが
出来ないのです。
ですからそれらを全て
主に告白して赦しを請い、
憎しみに心を支配させないように
しなければなりません。
主がそのようにあなたを導かれますように
祈ります。
在主