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ある個人事務所を開いているPSWのブログ

精神保健福祉士として、相談支援やケースワークなどを個人事務所として行っています。気まぐれに書き込んだりします。

自民党の片山議員は、生活保護を「社会保障ではなく福祉」だと言ったとか…。平成23年2月10日(木)の第21回社会保障審議会で「生活保護基準部会(仮称)の設置」について審議されています。国から市町村まで、首相・首長から議員先生まで、日本では一般常識や基礎知識なんてなくても人気や政治的意図があればなれちゃうし、勉強なんてしなくても言いたいこと言ってマスコミが騒いで、制度なんて簡単に(悪い方に)変えられてしまうんだ。維新といい、自民といい、これから自分がお世話になるであろう社会保障制度について、あんな程度の理解と見解で政治をやろうとしていることが日々わかると、焦燥感が募ってしま。そもそも、誰の権益を守ろうとしているんだか、よくよく見ればすぐにわかる。国民、市民なんて、彼らが「大切」にする対象じゃないんだ。昨今の事態のそもそもは、新自由主義経済を「多数の支持」に支えられ(?)導入した小泉政権。みんなだまされた。リーマンショックはトリガーではあるけど、国民の生存権と国の社会的使命について規定した憲法第25条の屋台骨はすでに骨粗鬆症状態で、社会的弱者が増える構造に成りはててしまっているのか? 気づくのに時間がかかり過ぎた。自民党の末期や民主党政権のドタバタ劇は、そうした水面下での基礎崩しを隠蔽してきたとしか思えないし、それを操っていた輩たちがいるはず。どんな利権が、そこでは動いていたのだろう…。
自宅療養を言い渡されて2週間、今夜はその後初の受診。ここ2-3日は7時間程続けて寝られていますが、朝5時半頃にトイレに行きたくて仕方なく起き上がる状態です。犬の散歩までまだ1時間は寝れる、というか時間があるのですが、もちろん再び寝ることはできません。何ともだるく、瞼の重い、憂鬱な時間です。
そう病の「目標志向性の活動の増加、または精神運動性の焦燥」も疑ってみましたが、大うつの「目標志向性の活動の増加、または精神運動性の焦燥」の方が当てはまるし、ほとんど毎日の易疲労性、喜びの著しい減退、不眠などが明らかかと…。
処方はここ数年同じですが、自宅療養を始めての感想は、「ほんまにつかれてたんやなぁ…」です。
今は、ドクターストップで「自宅療養」中なので、時間がたっぷりあると言えばあります。
そこで、日頃勉強しようと思っていてなかなか手を着けられないできていた独学なんぞをしようと構想したものの、そう思うようには行きません。
この10年近くは、思春期・青年期の心理や人間発達、学校教育などから始めて、現行診断基準の1つ:DSM-Ⅳ-TRによるところの高機能の「PDD」と二次障害などを中心に取り組んできましたが、この機に改めての「統合失調症」、新たに成年後見制度、居宅介護について理解を深めようと欲張ってみてますが、不眠、過覚醒、集中困難、のせいにはしたくないのですが、だらだらと過ごしているのがお恥ずかしい実態です。
ま、ゆっくり休む、が「本業」なんですが…。
お金が無いので、つまらないことで散財することができない(!)のが救いです。
 うつ、と言えば一般的に、何もやる気がわかずに動けない…、という風に理解されている方が多いかと思いますが、その人が持って生まれた気質・器質や、育ちの環境(基本的には対人関係性)、ストレスへの耐性と対処法の保有度、きっかけとなったストレス因やその後の対応など、いろんな要素が複合的に影響して、実に様々な病状を呈します。
 また、日本での臨床研究が思っているほどすすんでいないことから、周囲の人が見てわかるレベルの気分の(一定の定期的な)変動のある双極Ⅰ型の感情障害の他に、抑うつ的な状態も見られるけど大丈夫そうな時もある(あるいは、人前では普通な状態を装える)レベルの双極Ⅱ型や同Ⅲ型など、短時間の外来診療では「抑うつ」や「うつ病」という診断がされ、抗うつ剤などの薬物療法だけの「治療」が続けられることが一般的です。
 かく言う私も、実は現在「うつ病」診断による「自宅療養」中なのですが、DSMによるところの「大うつエピソード」が沢山該当する状態で、顕著な症状は「過覚醒」とそれに関連する睡眠障害(入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、寝た気がしない、など)と、焦燥感です。頭の認知機能は必要以上に動いていますが、体が悲鳴を上げている状態です。
 そもそもは12年前の体験によるPTSD、その継続・変容で、ずっと薬物療法(当初の数年は心理療法も受けていました)を継続して来ましたが、自責感情や焦燥感などから、基本的に好まない業務(PAWでありながらも法人経営のための事務仕事)を続け、それがどんどんと増えてきて、この年度替わりの事務集中を乗り切った所で、「全電源消失」状態になったと解釈しています。
気分・感情の障害は、その人個人の問題では決してありません。関わる社会(人)との関係性や過度に負担となるストレスなど、つまりその背景や、生活全般にわたっての状態をしっかりと把握しないと、判断を誤ります。
 抑うつ的になったら、「ともかく医療(精神科)」は大切ですが、診察室での状態や聴き取りだけによる薬物処方だけで「回復」できるというような単純な障害では無いこと、背景を把握しつつ自身が自己と自己の病状と向き合うことをサポートしつつ医療と連携した環境改善を含むケアを促進(その過程における制度・サービスなどへのつなぎを)するPSWなどの援助者との関わりを持つことが大切だと思います。
 日本人は、「我慢」と「自己責任」を「当たり前」とする文化を背負ってしまい、「しんどい」ことを他者に対して「語る(口にする)」ことを「恥ずかしい」ことと考えている人が多いようですが、うつの諸症状は「命」に関わる重大な事態に進行してしまうことが少なくありませんので、「しんどい」と話せる相手を持つこと、小さな症状でも「大した事無い」と独断で思わないこと、こうした意識の変容が求められているのではないでしょうか。
 私も、しばらくは十分なストレスケアに専念しつつ、自身の生き方を見つめ直す機会にしたいと思います。
医師、弁護士から、私のような精神保健福祉士や介護福祉士などの国家資格。臨床心理士などの民間団体指定の任意資格。法に基づく資格試験かどうかの違いはあるけど、「資格」があれば「飯が食える」なんて甘い時代ではないし、何を考え、何を学び、資格を活かして何をしているかが問われるにが実態。これらの資格は、対人支援に係るものだから、学びと実践と、結果評価が、その人の「有資格者」としての社会的役割意義を形成して行く。対人援助の仕事は、クライエントの人生に関わる「楽ができない」「金儲けにならない」生き様と認識しなければならないし、それができない、例えば「生活のための仕事としてやってます」と言って憚らない方にサポートを受けているクライエントに、有資格者としての責任ある関わりができるのだろうか? 成年後見制度を担う人材は、そうした責任役割を究極担うことになるのだが、「金向けの事業展開」になろうとしている懸念が拭えない。福祉職は、成年後見制度を避けて通れない覚悟をして学び始めましょう。自分に言ってますf^_^;)。