眠れない夜が続いている。わたしにとって暑かったり寒かったりを繰り返していて、花粉症由来の咳が止まらず半ば咳喘息を起こしかけていることもあり、ずっと眠れないままでラジオを聴いていて、気がついたら朝になっている、睡眠時間はあわせても2時間がいいところ、というような暮らしをしている。


そのため昼間に寝てしまう。だから夜眠れなくなるとわかっている。とはいえどこかで眠りの帳尻を合わせないといけないとは思っていて、それが昼間の眠りになってしまう。


ほよほよあたたかい昼間の眠りは気持ちがいい。目を覚ましてもしばらく布団の中にいたいと思う。なんとかスマホを手に取って、Twitterを眺めていると「ケークサレ焼けました」の文字が飛び込んでくる。使われてる材料は、長葱、じゃがいも、蕗味噌。いくしかないと思って落ちる瞼を気合いで持ち上げながら支度をした。


しばらく外出をしないうちに外が暖かくなっている。半袖に薄手のカーディガン、春用の上着、これで少し暑いくらいに感じる。ケークサレ焼けましたというツイートをしているpicnicさんは火曜日はていねいに、(、までが店名です)、水曜日はことカフェを間借りして営業している。「ていねいに、」は西荻窪駅から少し距離があるので、ぼんやりと短歌のことを考えたりしながら歩いていく。桜が咲いていてこれは満開ではないのか散りはじめているのか引きこもっていた身にはよくわからない。ひたすら家で花粉症寝込みをしていた。洗濯をすると花粉を吸ってしまって寝込んだ。Amazonから荷物が届くとドアを開けなくてはならなくて寝込んだ。どうすればいいんだ!!!!と思っていた日々にようやく合法的な範囲で多めに薬と漢方を飲むというやりかたで、あと花粉が落ち着いてきたという事実によってかたがついてきて、たいへんありがたいと思う。




桜咲いてるねえ



イートインができるかわからなかったのでおそるおそるきいてみるとできるとのこと。チャイと、ケークサレを2切れお願いして食べる。野菜の甘みが強い。蕗味噌はそこまで苦くない。香りと深みを出しているという感じで、とてもおいしい。炒めた玉ねぎをいっぱい使っているそうだ。


ひどく咳をしてしまい、すいません花粉症の咳で、と謝る。謝らなくていいですよ、と言われてだんだん心が楽になってくる気がする。心が落ち着くと同時に咳の回数が減ってくる。

話をしながら食べていると閉店時間を過ぎていることに気がついた(店内の時計がずれていた)。急いで食べると咳が出てしまうので、ゆっくり食べていってください、との言葉に甘えることにする。お水を何杯かもらい、喉の渇きとガラガラした感じを休めさせてもらう。


本当においしいケークサレだった。チーズをごりごりに効かせたものがあるが、これは控えめで、野菜の甘さがしっかり引き立ってくる作りになっている。食べ応えもある。二切れ食べたら夜までお腹が空かなかった。

また食べたいなと思い、ぜひ伺いますと言うと、思い出したときに来てくださいね、と言ってくれる。それはわたしにプレッシャーを与えない言葉で、同時に営業日をちゃんと確認する。ことカフェで営業しているときチーズケーキが美味しそうだったことも覚えていて、それを今度は食べたいなと思う。気持ちのいい接客(というかお話!)をしてもらってもっといっぱいお菓子を買ってきたかったなと思った。けれどこれからお笑いライブなのであまり荷物を多く持っていけないのは残念だった。


三鷹の改札前でぶつかりおじさんに会った。改札がひとつしかないところに並んでいると、おじさんが振り返ってわたしを軽く睨みつけた。イヤホンをしていたこともあり意味がわからなくて、立ち止まられているのも後ろの人たちに迷惑だから進もうかとほんの少し体を動かした途端、強くどんと肩をぶつけられて、勢いで数歩後ろによろめいてしまった。おじさんはすぐに何もなかったように改札を通っていき、わたしも同様に姿勢を正して改札を通ろうとしたとき横からおばさんが駆けてきて(後ろにいた人ではなかったと思う)わたしを押しのけて改札を通過していった。


ぶつかりおじさんと横入りおばさんのダブルプレーに唖然としてしまい、スターバックスで座ってから動けなくなってしまった。自律神経がおかしくなっていて半袖なのに汗が止まらない。頭がくらくらする。このままお笑いライブに行けるかかなり悩んだが、そういう社会の弱者のような位置に立たされたときに全てを諦めていたらやっていけないという気持ちが最近わたしの中にはある。


先日イヤホンをしないで歩いてみたら自転車に乗った子供連れの母親やおじさんやウーバーイーツのひとから暴言を浴びせられて驚いた。歩いているおばあさんも、じゃまだ、どけ、というようなことを言ってくるので、わたしは自分がひとに悪口を言われている気がする病気になったのかと思って、録音をしながら歩いてみた。たしかに暴言がいくつか入っていて、知らないおじさんに(わざとかどうかはわからないが)スマートフォンを使いながら歩くな、と手を強く叩かれたところで録音が終わっていた。


わたしは正直自分の思い過ごしであればいいと思っていた。いろんな人に汚い言葉を吐かれているという妄想をわたしが持っていて、それに苦しんでいるのであれば妄想が落ち着く薬を飲めばいいだけだ。

けれどいま暴言はほんとうに周りの人の口から出ているものなのだとわかってしまって、そういうところにわたしはいて、それぞれの人たちの意にそぐわないことをすると暴言を吐かれるのだということがはっきりしてきた。


わたしはできればイヤホンをせずに暮らしたいと思う。けれど一部の地域や一部の場所ではそういう暴言を吐いてくる人がいる。

その暴言を受けたあたりから20分とかからないところに「ていねいに、」はあり、わたしはとてもいい時間を過ごすことができた。それなのに、そこから少し離れると暴言を浴びることになる。


わたしがおかしい部分があるのはなんとなくわかっている。普通の人と同じように過ごせていなくて、たとえば気がついたら鼻歌を歌いながらステップを踏んでいる。そういうところが嫌な人もいるのはわかっている。


最近どんどん生きにくさを感じるようになってきた。大学生の頃はもっと気楽に楽しく毎日をやっていた気がする。なんなら道で踊りながら帰ったりしていた記憶もある。

この生きにくさというのは普通じゃない人を除外するという動き、だけではないような気がしている。

暴言を吐く人が「普通」であるかはわからない。けれど暴言を吐く人が昔より増えているように思う。

暴言を吐いている人が自転車を逆走させていたりすることも多い。自転車の逆走は懲役・罰金刑が課されることになっている。なんで法を守っていない人にヘラヘラして歩いているわたしが怒られてるんだ!!!!!と思うこともある。

これは、どういう現象なのかを考えている。


自分には甘くて人に厳しいという人間が増えているのかもしれない。

わたしも自分の過ちには気が付きにくい。対して自転車の逆走は懲役または罰金刑(キリッ)などと言ってみせている。人に厳しくして何かいいことがあるのかなと考えてみる。わたしはこだわりの強さから列に並ぶことが苦手で、順番を抜かされるとほんとうに頭が爆発しそうになる。あなたはわたしの次に並んでたじゃん!!!!でもそれは典型的な「自分に甘くて人に厳しい」なのかもしれないと思う。自分がうっかり人を抜かしていてもわたしはたぶん気が付かない。人に抜かされたときはなんで???????ってものすごく心がぐちゃっとなる。わたしのそれはADHDに由来するもので、薬を飲んで感じ方を調整して自分がつらくないように生きることにしている。


ぶつかりおじさんとか横入りおばさんはなにがどうなってそれをしているのだろうと思う。わたしの「普通」であれない要因はADHDが大きいが、ぶつかりおじさんや横入りおばさんや暴言を吐く人たちはなにが原因なのだろう。


その原因がもし「社会で生きていくのはつらいからストレスを解消する場所が必要である」というようなことだったらかなり絶望だなと思う。生きやすい社会ってみんなが生きやすい社会のことなので、障がいのある人も大人も子どももお年寄りも自分のことを「普通」だと思っている人も、みんなが生きやすい社会というのが必要である。


じゃあなんでこんなにめちゃくちゃなことになってるんだ〜〜と思うのだが、わたしの父も実はぶつかりおじさん予備軍で、父は脳梗塞をやったので視野が狭くなっている(あるいは見えているけれど脳の中で見えていないと処理されている)部分があり、まっすぐ進んでいたらその先に人がいるということが少なくないらしい。母も父を誘導しようとするが、間に合わないこともあり、いまのところ人とぶつかるような事故にはなっていないようだがもし揉めたりしたら大変だなと感じる部分がある。


みんなにそういう理由があるかはわからないが、とにかく、なにか理由があってぶつかりおじさんはぶつかりおじさんになっているのかもしれず、この文章の結論を「人には見えない困りごともあるのでお互い譲り合っていこうね」にすることは簡単なのだが、じゃあなんで人を選んでぶつかりおじさんは人にぶつかるのかという問題が残る。


暴言を吐く人も、ぶつかりおじさんも、弱いものを狙って攻撃をしているのかもしれない。あ〜〜もう書いていて嫌すぎるのだが弱いものを狙っていいという考え方がマジで意味わからない。でかくて強そうな人にもやれよ!と思う。そういう、人を選んでいるやっているところにわたしはいちばん不快感を覚えるのかもしれない。


も〜〜〜やだ〜〜〜ってなってしまうのだが、それをすべて消し飛ばすくらいケークサレは美味しくてお笑いライブは面白かったので今日はいい日でした。深く呼吸をして生きていこうとおもいます。


次はひなちゃん!