こんにちは。きのひです。

「冬晴れの花嫁」 今村 翔吾 著 を読みました。

2019年8月18日 第一刷発行











松平武元(まつだいらたけちか)は水戸(みと)藩から分家された常陸府中(ひたちふちゅう)藩二万石の出身です。

常陸府中藩は幕府の要職などとは縁遠い、数ある松平家の中の一つにしか過ぎない。











しかも武元は次男でした。

供の者もつけずにふらりと町に出ることが出来た。











ある日、武元が日本橋を歩いていると、質屋の前に佇(たたず)む一人の娘が目に飛び込んできました。

娘は店に足を踏み入れようとするが、一歩進んだところで止まり、また足を踏み出そうとするもののやはり戸に手を掛けようとしない。











諸手に抱えた風呂敷包みをじっと見つめる娘の顔があまりにも深刻そうで、武元は思わず声を掛けてしまいました。

「どうかしたのか?」











娘ははっとしてこちらを見つめます。

丸顔に半月形の目、やや厚い唇。年の頃は己とそう変わらないのに、大人の女を思わせる蠱惑(こわく)的な艶やかさがあり、武元は一目見て息を吞んでしまった。












娘は己より一つ下の十五らしい。

伊勢町(いせちょう)に白隈(しろくま)屋というちょっと変わった名の紙問屋があり、そこの娘で名はお雪。











母はお雪が四つの頃に亡くなり、父と一つ上の兄と共に商いをして暮らしています。

父は一生懸命に働き、兄もそれを支え、これまでは豊かではないが人並みにやってこられた。











しかし昨年、近くに富商白木(しらき)屋の傘下の立派な紙問屋が出来、売り上げが目に見えて下がりました。

遂には家財を質に入れて工面せねば、仕入れさえも出来ない有様にまで追い込まれてしまった。











「これは母の唯一の形見で・・」

風呂敷包みから出て来たのは嫁入り装束。











それは母が嫁ぐ時に着ていたものらしく、お雪がいつの日か着るのを楽しみにしていたものらしい。

「もうこれしか売るものがなく、父が・・・」





父は唇を裂けんばかりに噛みしめ、これを売ってこいとお雪に言ったといいます。












武元は顎に手を添えて店をどうやって立て直すか考え始めた。

「その白木屋の紙問屋は何で流行(はや)っているのだ」




「それは・・美濃(みの)紙や越前(えちぜん)紙など、品揃えが滅法よく・・・」











確かに品揃えで大店に対抗しても難しいだろう。

「蒟蒻(こんにゃく)の大福帳を知っているか?」











常陸では多く蒟蒻が栽培される。

そこから蒟蒻を練り込んだ紙というものが出来ました。











蒟蒻は非常に強い繊維を持っているので、たとえ水に沈めたとしても乾かせば元通り使えるほど強い紙が出来る。

商家は火事で大福帳を失えば、売掛金を取ることが出来ません。




故に蒟蒻紙の大福帳を特に好んで使い、火事の折などには井戸に投げ入れて炎から守る。












常陸府中藩でもこれを当然のように使っていたが、他家の者に話すと聞いたこともないと言っていたのを思い出したのです。

「そんな凄(すご)い紙があるのですね」













蒟蒻と紙。

自分の中ではあまり結びつきませんが今でもあるんでしょうか。











2019年に大島屋蒟蒻店さんがクラウドファンディングをされていました。

「日本古来の万能紙『こんにゃく紙』を復活させて、蒟蒻文化の再開化を目指したい」











大島屋蒟蒻店さんは福島県白河市にある蒟蒻屋です。

夏は花火職人、冬は蒟蒻職人。











奥さんの実家をついで8代目として日々蒟蒻と向き合い奮闘しています。

奥さんのお父さんは大島屋7代目。











冬は蒟蒻づくり、夏は花火職人で今も花火をあげています。

大島屋は江戸時代から続く花火屋でもある。











創業は文政年間(西暦1820年前後)

参勤交代時代に大名より「大島屋」の屋号を賜りました。




以来約200年に渡り当地で事業を行っている。











プロジェクトの説明に「こんにゃく紙」についての記述がありました。

「『こんにゃく紙』はこんにゃく芋を精粉にした物を液体に溶かして作られるこんにゃく糊を使用して製造される日本古来の紙製品」











「規格外や廃棄処分となるこんにゃく芋を利用することにより、無駄を限りなく減らし環境・社会性に配慮した商品包材を製作することで、過剰包装の軽減やエコも推進していきたいと思います」












蒟蒻文化の継続と再認知に繋げるため、日本古来の万能紙「こんにゃく紙」を製品化し、こんにゃく紙のオリジナルパッケージ資材を作りたいと考えている。

Washi-nary さんには「こんにゃく引きにチャレンジ!」という記事がありました。











こんにゃく引きとは「こんにゃく」由来の糊(=こんにゃく糊)を使用した昔からある和紙の加工方法。

「ニスでは失われてしまう、和紙独特の風合いを残しながら防水性や強度をもたらします」











こんにゃく引きした和紙は「強制紙」とも呼ばれる。

和紙にこんにゃく糊を塗って揉んで乾かすと丈夫かつしなやかさのある「もみ紙」になります。











こんにゃく糊を塗った和紙を乾燥させた後、お湯で煮るとこんにゃく糊がアルカリ性と反応してもっと強い和紙になる。

「雰囲気でいうと、革製品のような仕上がりです」




防水性、強度も高まることから「『こんにゃく引き』した和紙は人気があります」












さらっと書いてありますが、大変な作業にみえました。

まずはこんにゃく糊作り。











こんにゃく糊の素となる「こんにゃく粉」と水を混ぜます。

よく混ぜ、しばらく置いて、また混ぜて・・・沈殿しなくなったら完成。











「こんにゃく糊は混ぜてすぐ出来るものではないので、前日に作っておくことをオススメします」

出来たこんにゃく糊を和紙になじませる。











刷毛で塗る方法もありますが、今回はこんにゃく糊がより染み込むように、こんにゃく糊の中でモミモミします。

染み込んだな・・と思ったら余分な糊を落として広げて干す。














いくら特産品だといっても、だれがこんにゃくと紙を結び付けたのか。

200年も前のその方の自由な発想と行動力に驚くばかりです。











そしてそのことが現代にまで受け継がれているのもとてもすごいことだと思います。