こんにちは。きのひです。
「まさかまさか よろず相談屋繫盛記」 野口卓 著 を読みました。
2019年1月25日 第1刷
2019年2月19日 第2刷
老人は八ツ半(午後三時)ごろ将棋会所「駒形(こまがた)」にやって来た。
右手で杖(つえ)を突き、左腕の肘の辺りを十歳くらいの女の子に支えられるようにしています。
「足元にお気を付けて、どうかこちらへ」
「てまえが当将棋会所のあるじで信吾(しんご)と申します」
「平兵衛(へいべえ)でございます。これは孫のハツでして」
ハツに将棋を教えてくれと言われておもしろがって始めた平兵衛は、一年ほどで追いつかれ追い越された。
「浅草黒船町(くろふねちょう)に将棋会所があると聞きましたものですから」
ハツは「駒形」で学ぶことになりました。
それまで「駒形」の客は年寄りばかりでした。
若くても二十代。十代は一人もいなかった。
ところがハツが通うようになってから老人客が孫を連れてやって来るようになりました。
「子どもが指しに来てたってから、ほんじゃ、と思って」
将棋会所の小僧である常吉(つねきち)の話し方や動作まできびきびしてきました。
お陰でそれまで、いかに厭々(いやいや)やっていたかがよくわかった。
腕白坊主らが来るのは手習所が休みの日でした。
最初の日は四人だったがいつしか十人を超えるほどになった。
常吉は仕事がないと他人の対局を観戦しています。
腕白坊主どもは常吉をからかったり、大人のわからないところでいじめたりするようになった。
腕白坊主どもの親玉は留吉で、なぜなら連中の中では一番指せるし喧嘩が強いからです。
この留吉が、なんとかハツの気を惹(ひ)こうとするのだが、一向にかまってもらえない。
ところがハツは常吉を認めていました。
これが留吉にはおもしろい訳がない。
だから、からかったり厭味(いやみ)を言ったりします。
腕白どもも留吉に倣(なら)って常吉に辛く当たる。
ある夜、信吾は常吉に話しかけました。
「それにしても、よく我慢しているな」
「なにをでしょう」
「からかわれたり、嫌がらせをされたりしても、じっと堪(こら)えてるじゃないか」
「相手はお客さんですから」
「いくら客でも、ひどすぎると思うことがある」
「こんなこと言っちゃなんだが、留吉たちは調子に乗りすぎている」
「この辺でなんとかしておかないと、そのうちに世間や人を小馬鹿にした、ああいう振る舞いが普通になってしまう」
信吾は留吉と常吉を対局させてみることにしました。
ハツも留吉たちも集まったその日、本榧(ほんかや)脚付き四寸(約12センチメートル)の盤を据え、本黄楊(ほんつげ)の漆の盛上駒(もりあげごま)の箱を盤の上に置いた。
特別な対局に用いる盤と駒です。
「始める前にみんなに訊きたいが、将棋で一番大事なことはなんだ」
「そりゃ、なんたって勝ち負けじゃないの」
次々と目を移して行くと、断言したり、多少ためらったりはあるし、言い方がちがいはするものの、だれもが勝敗だと言った。
「そうだな、やはり勝ち負けだな。なぜならそのために戦うのだから」
「ただし、将棋は戦や喧嘩とはちがう。勝ち負けよりずっと大事なことがある」
そこでたっぷりと間を取って、信吾は若年組を見廻しました。
「それは礼儀だ」
「レイギ?」
「そうだ。戦う相手を尊(たっと)ぶ気持、大切にする気持、つまり礼儀の心がなくてはならない」
将棋は武器こそ持たぬが、真剣勝負とおなじである。
「ゆえに将棋は、礼に始まり礼に終わる」
「盤に向かっているかぎり、まったく等しい人と人なのだ」
「だから戦いが終わったあとも、その気持を忘れぬことが大事だと思う」
全力を尽くして戦えば、勝っても負けても互いを称(たた)えあうことができる。
「だから戦うまえに一礼し、終われば改めて一礼するのだ」
「わたしは、それが将棋の素晴らしさだと考えている」
礼儀正しい人。
好きです。