こんにちは。きのひです。

 

「大きな玉ねぎの下で」 中村航 著 を読みました。

 

2024年8月27日 初版第1刷発行

 

 

 

 

 

 

 

 

1980年代。

 

「代筆を頼まれた親友の文通相手が気になる男子高校生」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度、ボン・ジョヴィが日本に来るみたいだね。」

 

「ボン・ジョヴィは日本で人気が出たバンドだし、初めての単独公演も日本だったんだよね」

 

「だから日本のことが大好きみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

そのコンサートは日本武道館で行われる予定でした。

 

九段下(くだんした)の駅で地上に出ると目の前にお堀があり、その先に三角形の屋根が見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのてっぺんに大きな玉ねぎのような飾りがちょこんと載っかっています。

 

「あれが、武道館・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

共同エンジニアリング株式会社 Column 「会社のご近所『日本武道館』」 2024.8.05

 

「日本武道館が建てられたのは1964年、設計は建築家・山田守(やまだまもる)率いる山田守建築事務所が行いました」

 

 

 

 

 

 

 

 

15,000人の観客を収容しその視線が最長40m以内となるよう、内径80mの正八角形にまとめられた平面形状と、富士山の曲線をイメージしたと言われる緩やかな勾配を持った屋根に特徴がある。

 

「何故八角形かは武道に関係しているようです」

 

 

 

 

 

 

 

 

君主が南向きに座り、東西から選手が入場するというように、武道と方位には密接な関係がある。

 

「このような意図を踏まえ、最も適した形が八角形であったと言われています」

 

 

 

 

 

 

 

 

「屋根の上に輝く黄金の玉ねぎは『擬宝珠(ぎぼし)』と言われる武道館のシンボル」

 

「擬宝珠はもともと橋の欄干、神社、寺院などに付けられる飾りですが、魔除けの意味を持つことから屋根の頂点に置かれたと言われています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

KIKUKAWA  菊川工業株式会社 2020年5月13日 「日本武道館の擬宝珠(ぎぼし)」

 
菊川工業株式会社さんは日本武道館の内部天井と外部破風、そして擬宝珠の金属工事に参画しています。
 
 
 
 
 
 
 
 

頂上の擬宝珠は、直径5.15mで高さ3.35mある。

 

「そのため頂上から縦と横に64分割し、1.5mmの真鍮板を曲線状に切り、少しずつ叩いて必要形状へと曲げ、現場で重ねてボルト打ちすることで納めています」

 

 

 

 

 

 

 

 

また、形状の美しさを保つために球体のフレームを鉄の下地で製作。

 

「これを分割して現場に搬入し、現場で化粧となる真鍮板を納め、形状の品質を確保しています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 yes! 明日への便り」「 presented by ホクトプレミアム 霜降りひらたけ」

 

ストーリー 第477話 己の美学を貫く -【日本武道館にまつわるレジェンド篇】建築家 山田守- [2024.10.19]

 

 

 

「日本武道館の設計を任された、建築界のレジェンドがいます」


 

 

 

 

 

 


1964年に開催された東京オリンピックの、柔道会場として建設された日本武道館。


日本の伝統、お家芸を世界中に知らしめる壮大なプロジェクトでしたが、設計コンペが行われたのは前年の夏のことでした。

 

 

 

 

 

 

 


早急な図面づくりに、短い工期。


指名されたにもかかわらず、コンペを辞退する設計士もいました。

 

 

 

 

 

 

 


そんな中、山田は、コンペに参加し勝ち抜いたのです。

彼の構想には、明確な二つのモチーフがありました。

 

 

 

 

 

 

 


ひとつは、聖徳太子が祀られていると言われる、法隆寺夢殿。


八角形は、古代中国からの風水に習うもの。

 

 

 

 

 

 

 


「8」は、仏陀誕生の日付であり、聖なる数字として大切にされてきました。


さらに限りなく円に近いフォルムの美しさを、山田は好んでいたのです。

 

 

 

 

 

 

 


彼がイメージしたもうひとつのモチーフ。


それは、富士山。

 

 

 

 

 

 

 


彼は富士山の裾野の曲線を、最高の「美」と捉えていました。


スタッフの前で、製図版に向き合う、山田。

 

 

 

 

 

 

 


彼は数値でも定規でもなく、フリーハンドで曲線を描きました。


何度も何度も、自分がこれだと思う曲線が画けるまで、やりなおす。

 

 

 

 

 

 

 


やがて、納得できる曲線が引けたとき、ようやく数値を計算。


図面が形になっていくのです。

 

 

 

 

 

 

 


しかし翌朝、その図面を見るとやっぱり何かが違うと、また曲線を描く、山田。


彼のお手本はあくまでも、富士山の美しい裾野の曲線だったのです。

 

 

 

 

 

 

 


法隆寺夢殿と、富士山。


その二つを具現化した世界に誇る建築物、日本武道館。

 

 

 

それを設計した山田守。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本武道館・京都タワーは1964(昭和39)年 竣工。

 

その2年後の1966(昭和41)年 山田守は72年の生涯を終えました。