読書記録です。



「謎の毒親」姫野カオルコ  新潮社








両親の1周忌を終えた和治光世。
懐かしい街の懐かしい本屋を訪ねる。
昔、その書店に貼られた
壁新聞のようなタウン誌「城北新報」。
光世は「打ち明けてみませんか」という
記事のファンであった。
悩み相談に回答が付くその記事。
「私も投稿すればよかった」

和治家の数多の謎を
「あれは何だったんだろう」と
誰にも訊けないまま大人になった光世は
長い年月を経た今、
城北新報に打ち明けてみることにした。


◇「名札貼り替え事件」は
小学校低学年だった光世の名札、
たとえば
昇降口の靴箱や
教室においたままの各々の木琴…
なぜか自分の名札だけ新しくなってる!
あれは何だったんでしょう。

◇「恐怖の虫館」
一戸建てを建てた和治家。
コンクリ御殿は虫だらけ…
無頓着だったり執着する親は
何だったんでしょう。

◇「初めての一等賞」
徒競走ではじめて一等賞になった光世。
つい嬉しくて報告してしまう。

◇「タクシーに乗って」
東華菜館に外食に行った和治家。
いつの間にか一人に…。
あれは何だったんでしょう。

◇「オムニバス映画」
テレビ予告の3つの短編を集めた映画。
「オムニバスよね」と呟いたら
激怒されたのは何だったんでしょう。

◇「素肌にそよぐ風」
私の身体に執着する謎の母。
あれは何だったんでしょう。

◇「死人の臭い」
蓄膿に乳癌に頭部腐敗病に死人の臭い。
両親が私に付ける謎の病名。
あれは何だったんでしょう。

◇「緻密な脱出」


相談に回答の付く形式の小説です。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


これは…びっくり
震えるほど笑えるシンパシーに
出会う読書になりました。
毒親じゃなくて、毒親の謎じゃなくて
「謎」の毒親なんですね。


「学校卒業できて今普通に生きてて
毒親とか虐待とかありえなくない?
ちょっと厳しかったってだけじゃ?」
って言われると

「そうだよね」と笑うしかない。
その時そこにいない人には
伝わらない、
子が薄氷を踏むような家。

私って取るに足らない普通…
だって死んでないし!
でも「ちょっと厳しいお家」とか
そんな言語化できる範疇でもない、
謎の地雷が玄関入ると畳のあちこちに
埋められている家の不思議キョロキョロ


そもそも光世ちゃんは
「あれはなんだったんでしょう」と
不思議がるだけで
毒親とは一言も言っていません。
3つ目の相談で回答者が
「毒親ではないでしょうか」と言い、
はじめて毒という言葉が出てきます。

それでも光世ちゃんは
「毒…ではなく副作用親とか…」と
かばいます。
親は迂闊なだけではなかったか、と。


読んだ方はどう思われるのでしょう。
面白いお家だなぁ。
酷いな…。 
気持ち悪いな。
いくらなんでも誇張かな。

でも実は
この程度は普通にあるんじゃない?
と感じる方が多いと思っております。
普通じゃないとも普通だと思う方にも、
読みやすい小説だと思いました。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


光世ちゃんには
おそらく日常だから誇張じゃなくて
なんなら毎日がこれなのだから、
まだ打ち明け足りないほどの
エピソードがあるでしょう。


家庭は小さな社会。
閉ざされて外からは見えない。
社会だけど縦横でなく縦しかなく、
子への生殺与奪権は親に握られている。


罵声暴力がないだけ
うちより和治家の方がましなのか、
日常に罵声暴力がないからこそ
和治家の方が謎なのか…。


どっちが「毒」なのか、ではなく
うちと和治家、
どっちが「謎」なんだろうと
お家あるあるに笑いながら
記憶を辿る読書になりました。


私の「緻密な脱出」は
親のメンツを傷つけずに解決する
「堅実な結婚」でしたし
私の願いは
「大人になるまで私が狂いませんように」
でしたし、唯一自分を褒めるなら
グレるとかキレるほど愚かではなく
生き延びた事、
これ見よがしに不幸になってみせる術を
選択しなかった事でしょうか。
私も城北新報に投稿したくなりました笑い泣き


たとえば
私が記憶にタイトル付けるなら


「可哀想な蜂事件」
「視力表暗記事件」
「今日は折檻の日事件」
「憐れなストーカー事件」 
「お母さん行かないで事件」
「掲示係事件」  
「私は母親に付く事件」
「スタア誕生事件」
「エイプリルフール事件」
「盛りのついた猫事件」
「あんたはクマソ事件」…


私も光世ちゃんと同じく
きっと本人には訊けないまま、
人生を終えるのでしょう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


そして
私も「毒」という言葉を
使った事がありません。


「ほら私は底辺のクズだから…
だって人格者と誉れ高いあなたでさえ
毎日罵声浴びせながら
殴らなきゃ気が済まないほど
札付き畜生以下の存在だったんでしょう」
と遠回しに言います(京都人っぽい…笑)


ただ、それに呼応するかのように
何年か前に母の方が私に
「毒」という言葉を使いました。


「会うたびに、
私があんたにしてきた事の
ほんの何分の一…爪先ぐらいの「毒」を
あんたは私に落としていく…」と。

これだとまるで
私の方が「謎」の毒娘みたいですねキョロキョロ


いつか。
50年ぶりぐらいになるでしょうか。
私も東華菜館を訪ねてみようと思います。


すべてを上書き消去しながら。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


才能ある方の表現や筆致加減は
素晴らしくて、
変えられない過去への
愚痴や恨み言でもない
脱却と昇華は見事で感嘆しますびっくり


「打ち明けてみませんか?」だから
打ち明けてシャレになる事だけを
姫野さんは書いているんですね。

読んで彼女のその奥の
(打ち明けていない)日常に
思い馳せると「緻密な脱出」も
さもありなんと思えます。
一方で
書いてある事が全てだと思う方は
その程度で離れるのかと
大袈裟に感じるかもしれません。

どちらにしても
読後感は全く悪くありませんので
おすすめです爆笑