読書記録です。


「彼女は頭が悪いから」姫野カオルコ






第三十二回柴田錬三郎賞作品です。
とても話題になった本で
書店で平積みされているのを
目にしては気になっておりましたが、
なんとなく遠ざけて後回しに
しておりました。

なんだかノンフィクションに近い
とても不快になる作品なのかなぁと
その当時の自分の精神状態では
読みたくなかったのだと思います。

実際に起きた
東大生5人による女子大生への
強制猥褻事件が題材にされております。
タイトル「彼女は頭が悪いから」は
公判でひとりの被告が
他大学の女子学生を指して
証言した言葉からつけられています。


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通り魔の被害にあう、とか
事故現場にたまたま通りかかった、
とか天変地異が起きた地域にいた、
とか。
そんな不慮の事故や不運にだって
ひとりひとり「事情」の
積み重ねの結果である。

ましてや
顔見知りの間の事件ではあれば
なおさら
そこに至るには加害者被害者6人
それぞれに積み重ねられてきた
「事情」がある。

なのに
事実は創られる、誰に?
「事情」を知らない世間に。

たまたまですが、
この読書中に
「坂の上の赤い屋根」と
「不適切にもほどがある」
(不倫した爽やか男性アナのお話)
というドラマをみました。

坂の上…は
格差社会の下から上を見上げる作品、
不適切…は爽やか男性アナが
世間に不名誉なレッテルを
貼られ続けるお話で、
なんとなくこの作品のテーマも
どこかに通ずる。


相手が東大の学生だから
「被害者の彼女に落ち度が…」
「その気があったクセに騒ぎ立てる
勘違い女…」と加害者のみならず、
世間に責め立てられる酷い不条理。

恋をしてその彼に憧れる、
その恋心に目がかすみ
判断が甘くなることもある。
それがそんなに責められることなのか。


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最後に
判決後の加害者被害者の
それからの様子も描かれます。

被害者が
母校の大学教授と再会する場面は
とても共感できて感動しました。
加害者の母親に
端的に伝えるべき事を伝える
教授の姿はスカッと
救われる気持ちになります。
逆に
加害者の学生たちは最後まで
何が悪かったのかわかっていない
という記述には驚きました。

この作品は
多くの東大生には
不名誉で腹立たしいものだと思います。
もちろん
すべての学生がではない、
東大生という輝かしい肩書きを
誤った使い方をしてしまった、
こういう学生たちもいた、という
認識でおりますが、

顔も名前も覚えていない、
好みの女の子でもなかった、
だから
その魅力に抗えずにいた訳でもなく
暴行するつもりもなかった…
なのに
勝手についてきたあの女子学生は
なぜ泣き出したのか…
自分たちの何が罪なのか
皆目検討つかないという学生たち。

綿密に積み上げられ綴られる
おのおの学生たちの事情も
加害者被害者すべてに納得は
できませんが、
起こる事件には個々事情がある。

強者弱者の立場を越えて
すべての人の事情を汲み取り、
物事を見るのは難しいことだと
つくづく思いました。

つばさが大切に育みたいと願った
令嬢との交際も
事件ですべて無くしてしまった顛末は
古く「青春の蹉跌」の
主人公のようだなぁと…。


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「伝えたい、余すことなく書きたい」
という作家のエネルギーを感じて、
自分が登場していなくても、
学生の頃その隣りにいたなぁとか
友だちの友だちはこんな風だった、
とか、
自分の人生にどこかにあった風景だ
と誰もが追想する作品だと思います。