「乳房」リーディング公演の記録の
続きです。

内容に触れますので、
お知りになりたくない方は
お読みにならないで下さいね。


見終わって、気づいたことです。

パンフレットやチラシに使われている写真
の表情に、作品のコンセプトがしっかり
写されていることに感心しました。

妻を白血病で亡くした内野聖陽さん演じる
憲一が、
酒に溺れ虚無感に苛まれる
長いモノローグから始まり、
そこに幻の亡き妻里子(波瑠さん)が現れ、
憲一がふたりの出会いから死別までの
数年を追想する話になっていました。

だから、里子の姿は、
憲一の記憶に望む里子であって、
生身の姿ではないのですね。

終始、里子は優しく天使のように愛らしく
微笑んでいます。

一方の憲一は、里子を死なせたのは自分
ではないのかと残された男の途方にくれる
表情になっています。





寄り添うふたりの姿は、
男は虚無感の中で生者、
女は男の心の幻の死者なんですね。

なるほど内野さんの腕が、
波瑠さんをしっかりと抱けないのは、
幻の死者だからなのですね。

お稽古に入るずっと前に
準備されるチラシ撮影なのに、
よくここまで作品の完成を
予想できた写真だな、と感心しました。

それだけ脚本や演出のコンセプトが
しっかり練られた作品だったんですね。

憲一のモノロークで始まり、リーディングなので、二人とも台本を手にしています。

一見、
とても質の高い立ち稽古のようです。

上手に書斎机、その後ろに小さな白い壁。
こちらが主に内野さんエリア。

下手に、リクライニングチェアとオットマン。
こちらが主に波瑠さんエリア。

背景両サイドは暗幕でシンプルなセット。

朗読とストレートプレイのいいとこ取りを
したようです。

素晴らしかったのは、二人の声です。

出会いは、憲一の深く低い大人の男の声と
里子の物怖じしない乾いた若い女の声。

それが愛し合う男女になり、
話が進むにつれ、
憲一と里子の声に同じ温もりと湿り気を
帯びてくるのです。

衣装やセット、ふたりの間合い、
掛け合う台詞も心情の吐露も
極めてシンプル。

普通なら内野さん、
ここで熱く表現なさるだろう場面も
とにかく抑える。

目元赤く涙も見えますが、全編一貫して
リーディングと芝居の最大公約数を表現
するための集中力が素晴らしかったです。

そして、
原作で、おそらくこれを書きたいが故の
小説なのだと思うクライマックスがあります。

今の世間ではとても受け入れられそうに
ない心情なので、難しいだろう、
内野さんはどうされるのかな、
と見ていました。

内容に触れます。

いつ生命果ててもおかしくないと
言われている病床の妻をおいて、
憲一は娼婦を抱きに出かけるのです。

今は、
妻の出産でイクメンに名乗りをあげた議員の不貞や、
結婚直後に運命の恋に堕ちたミュージシャンとタレントをゲスの極みと、
仕事を干されるまで叩かれる事を思うと、

これは論外に共感されない場面ですが、
ここを抜きにしてこの作品は語れない、
どころか、
たぶんここがクライマックスなんです。


娼婦の乳房を掴み、
色黒の女のたくましい身体を抱きながら
里子と似てもにつかないこの女をトランプのように肉体を総取り替えしてやりたい、
と里子をあわれむのです。

ここを内野さんは、
背徳とか言い訳とか、
さりとて開き直るでも
ためらうわけでもなく、
ただ憲一の素直な心情とその情景に
言葉で焦点をこがすように
語っていました。

私は男の人のこのような所が
経験不足で全くわからないのですが、

わからないからなのか、
この憲一の心情が哀しいというより、
ただ稚拙で愚かだな、と思うのです。

そして、
内野さんは、男の生理について、
正直な表現をする方なんだな、
と思いました。

憲一として演じているのだと思いますが、
極めて内野さんご本人の内面から
引き出された答えなのかな、と。

ファンが勝手にこれは役づくりではなく、
本人の性癖かも、なんて思われるのも
気の毒な話ですよね。
ごめんなさい。

あと、
好きなシーンは、雨だれの音を聞きながら
憲一が病院の隅で哀しみに暮れるところです。
内野さんらしく豊かな表現でした。





キャスティングも良かったです。

職人気質の俳優さんの内野聖陽さんの緻密な演技と集中力と、
波瑠さんの素材のよさが
存分に生かされていました。

里子が女優として名声をあげる代表作の
名台詞も披露する場面もありました。

奇跡のような愛の物語といいますが、
私はやはり里子がかわいそうで
なりませんでした。

精神世界に精通される方は、
この世こそ苦行に満ちて、
天に召されるとこは苦行を終え、
幸せに導かれること、という考えの方も
いらっしゃいますますが、

私はそういう事がわからないので、
新進女優への成功も治めつつ、
大恋愛の末、結婚した幸福の絶頂で、
27歳の若さで亡くなるというのが、
本当にかわいそうで気の毒でなりません。


波瑠さんがリクライニングチェアで、
最後にそっと流す涙の美しさは
奇跡のようでした。