「アルカディア」の観劇記録です。

感想で思い出して綴る台詞は、
正確ではありません。
あらすじも自分の解釈です。

英国のトムストッパード氏の
傑作戯曲の日本初演です。

英国式庭園の設計を背景に、
フェルマーの最終定理、カオス理論、
アルゴリズム、熱力学を人生に重ねる
知的な会話劇で話は進みます。

寺島しのぶさん演じるハンナが観客目線で

「ねぇ、教えて」(ちょっと待って)
「わからないわ」(苦笑して首をふる)

などと私を助けてくれたり、
わからないままでも大丈夫、
と示唆してくれます。





舞台は英国の貴族の邸宅。

天才少女トマシナは
難解な数学式を解きながら、
世の中の不思議を矢継ぎ早に
家庭教師セプティマスに質問し、しかも
鮮やかな見解を展開させ才能の片鱗を
見せる。

邸宅では、
逗留中の男爵夫妻や詩人バイロン、
庭園の新設計が気に入らない女主人の
レディ、その弟ブライス、
家庭教師セプティマスが日々入り乱れ、
夜毎色恋の駆け引きをしながら
逢瀬を重ねているらしい。

そんな日常で、
庭園の設計図に落書きをするトマシナ。
男爵夫妻からの手紙をたまたま本に挟む
セプティマス。
その本にメッセージを残すもの。
またその本を詩人バイロンに貸すレディ。
読まずに焼かれる手紙。
セプティマスと愛亀の似顔絵を描く
トマシナ…。

それが200年後の現代で、
歴史的な研究の謎にされるとは、
思いもよらぬ無邪気な19世紀の貴族たち。


同じ英国の邸宅で200年後の現代。

邸宅の末裔たちは、
二人の研究者を迎える。
詩人バイロンの研究者バーナードと庭園の
歴史を調べるベストセラー作家のハンナ。

断片から早とちりな結論を導くバーナード
とは対称的に丁寧に歴史を紐解くハンナ。
そんな二人の研究者に恋する邸宅の三兄妹弟。

19世紀の貴族たちの退廃的な肉欲的色恋と
少女の純情。

果たして現代の研究者と末裔たちは
過去の真実にたどり着くのか。

というお話でした。


同じ邸宅のセットで、
19世紀の貴族の暮らしと200年後の現代が
交互に演じられて、いつしか芝居は
時を乱す事なく秩序は保たれたまま、
二つの時代を同時に舞台に立たせる。


(19世紀)

セプティマス(井上芳雄)
トマシナ(趣里)
レディクルーム(神野三鈴)
オーガスタ(安西慎太郎)
チェイター(山中崇)
ブライス大佐(迫田孝也)
ノークス(塚本幸男)
ジェラピー(春海四方)


(現代)

バーナード(堤真一)
ハンナ(寺島しのぶ)
ヴァレンタイン(浦井健治)
ガス(安西慎太郎)
クロエ(初音映莉子)

お話は上記だけで済ませて、感想だけ。

成功の鍵は、井上芳雄さん、趣里さん、
神野三鈴さんがはまり役だったことと、

観客が共感しやすい寺島しのぶさんの
ハンナ役がうまく客席と二つの時代を
繋げてくれたことだと思いました。


とても美しい戯曲でした。

どんな人の人生も
些事に過ぎない出来事も
俯瞰して眺めれば、愚かでも儚くも、
かけがえない一瞬の花火のように
いとおしく美しい。

ということを、
客席を神の視界、舞台を人々の営みとして
見せてくれるかのような作品でした。

ライスプディングにジャムをひと匙いれて
かき回すと赤の軌跡が出来るけど、
逆に回しても元には戻らない。

トマシナが不思議がる発見を
セプティマスは、
それは不思議ではなくピンクという混沌
(カオス)に至るからだと答える。

トマシナの知的好奇心は止まらず、
原子を止めて数式で全て表せば、
この世の有機物は全て数式で現せるのか、
未来も?

熱はやがて室温に冷めるが、
その逆はない。

知的な台詞を聞いているうちに、

19世紀組も現代組も、
熱に浮かされたようにみんなが、
それぞれのベクトルに向かって、
生きているように見えてきます。

生き急ぐ少女トマシナのワルツ。
だだ愛らしく、
哀しい場面も切ない台詞もありませんが、

客席が俯瞰してその先を知っているが故、
「われわれは終末に向かっているのか」
「世界が終わりを迎えない内に」

と踊る美しいセプティマスとトマシナ、
微笑ましいガスとハンナ、
二組のワルツと蝋燭に
訳もなく心震えて静かな涙が流れます。

余韻がとても静かな感動を呼ぶ作品
でした。



そして、今、綴りながら思い出す
あまり関係ない余談です。

熱力学で熱い紅茶は室温に冷めるが
その逆はない。
不可逆を唱えますが、
人の心だけは、
時に冷めたものが再び熱くなることも
ありますよね。

もちろん、
過去に生じた熱と全く同じ熱の再現とは
証明できませんが。


自分の結婚式の祝辞で、

「今は熱に浮かされているかも
 知れませんが、
 結婚したら常温で愛を育んで下さい」

と言う言葉をいただいたことを
思い出しました。

これも熱力学を人の感情に応用した言葉
だったんですね。


また関係ありませんが、
リスト「ため息」というピアノ曲が
あります。

フィギュアスケートの宮原知子選手が
フリーで使っていました。

この「アルカディア」の
セプティマスとトマシナのイメージに
よく合うので、観劇後毎日聴いています。