「エリザベート」なのに、タイトルロールのエリザベートではなく、
死の帝王トートについてです。

④背徳の愛に堕ちる内野トートと青く豊かな情緒的井上トート

初演の頃と2015年新演出も、当たり前ですが、
物語の展開やセリフに大きな違いはありません。
セットや入り捌けの仕方やダンスなどが大きく違うのですね。

ただ演じる役者さんの持ち味で、かなり変化があるので、
私個人的に好きな内野さんと井上さんについて綴っておきます。

当時32歳の内野さんと今回36歳の井上さん。
これが面白い事に、内野さんがものすごく大人の男に見えて、
井上さんは青年に見えました。

見ている私が、内野さんとほぼ同年齢なので、
15年前に同年代の内野さんと今回一回り年下の井上さんを見るから、
そう感じるのでしょうか?

いや、客観的に見ても井上さんのトートは青年という感じがします。

内野さんは、セリフに忠実に役作りをされていた印象で、
「俺の全てが崩れる」
「禁じられた愛のタブーに俺は今踏み出す」
の通り、一路エリザに対して、これが許されない愛であると認識しながら、
愛(エリザ)に堕ちていく自分は、どこかで罰を受けるかも知れない、
それでも構わないという覚悟や背徳感を常に感じさせるトートでした。
力づくで自分のものにするより、「生きたお前に愛されたい」と願う、
やせ我慢の美学というのでしょうか…。

井上さんは、作品全体から「トート」をどのように造形すれば、
より質の高いエンターテイメントとして観客に楽しんでもらえるのか、
ご自身の得意分野である虚構の世界で一番魅力的に映るトートを
視線、仕草など緻密に作り上げ、そこに「魂」を吹き込む役作りであったと思います。

これがとても魅力的でした。

1幕のトートの見せ場、エリザとフランツの結婚した晩に歌うソロナンバー。
「最後のダンス」

そこまで内野さんご本人が意識されて歌っていた訳ではないかも知れませんし、
声質から受ける印象だったり、役作りから私が感じただけかも知れません。

内野トートの歌う「最後」の意味が、いつかわからない何十年も先の
「最期」の意味を連想させ、
井上トートの「最後」は、もっと近い。
「今夜」がフランツなら「次」は俺。
なんなら、明日、明後日にでも、の「最後」に聞こえます。

これは、井上さんが、というより演出だと思うのですが、
2015年「最後のダンス」は、とにかくエリザに乱暴で強引に迫って行きます。
(私がお友だちなら、「トートくん、そんなに無理やりじゃ、
エリザちゃんに嫌われるよ~」と忠告したい所ですが、
これは舞台だから、激情に駆られるトートの方が面白いです。)

全編通して、内野トートの一路エリザと共に「堕ちていく二人」感は、
とても色香漂う成熟した大人の男女を思わせるシーンが多かったです。

例えば、2004年版パンフのP87、106、109の写真のシーンなど。
同じシーンでも、2015年版のエリザとトートのビジュアルは、
もっとスマートでクールです。


当時、全く記録していないので、記憶補整がかかっていますが、
一路エリザを抱きしめるシーンでも、かき抱くような、
どうしようもない内野トートの熱情をひしひしと感じたのです。

内野トート、愛という深海に完全に溺れているのに、
「いや、俺の足は着いているぞ」と最後まで言いはる「やせ我慢の美学」

井上トートは、足のつくはず遠浅の海で溺れるはずないのに、
溺れていると錯覚しながら、恋心を募らせる黄泉の国の青春のよう。

内野トートが一路エリザを手にいれるより、
井上トートが蘭乃エリザを手にいれる方が容易く見えるからでしょうか。

一路エリザが気高く孤高で、蘭乃エリザが我が強く、かわいらしい感じだからでしょうか。


トート役は、役者さんの年齢が高くても成り立つと思いますが、
井上さんが、まだ若いこの時期にキャスティングされた事が、
見る側には幸せでした。

初トートにして、類を見ない程の完成度です。

優れた歌唱と容姿を武器にするだけではなく、
全てに隙がなく、一瞬一瞬の芝居が輝いていました。

恋したその瞬間の煌めき、求められるまで待つと去る背中、
誇り高さと本能的な衝動、妖しさと冷たさ、美しさと残忍性、
欲したものを目の前に蜃気楼のように消えていくかも知れない畏れ、
予期せぬ驚愕と儚さ。

井上さんの死の帝王は、黄泉の国そのものを体現しながら、
壮大で豊かな内面を情緒的にも見事に完成させていました。

井上トート、絶対に見た方がいいです。



日比谷シャンテの本屋さんで、懐かしいチラシを発見しました。
ルドルフがトリプルになっているから、たぶん2005年ですよね。




そして、探していたら、昔の新聞の劇評の切り抜き。
伝わるでしょうか。内野トートの「堕ちて行く二人」感。




左の大きなパンフ、当時は、まだ「梅田コマ劇場」でした。
とても懐かしいです。