ヤングピーポー その2 | 魁!マカベーカンパニー

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■私がヤングピーポーだった頃 その2

就職活動期になり、沖縄での就職か本土に残って就職するのか。
2択だった。
とりあえず沖縄でインターシップをし、先輩方は現実を教えてくれた。給料だけでいえば手取りは二ケタを切る。残業をしてやっとなんとか生活できる。
営業になれば、歩合制だからその限りではない。

その現実を聞くと膝が震え、垂直降下して膝の皿が割れかけたのを今でも鮮明に記憶している。

とにかく思ったのは、今沖縄に戻って骨をうずめるより、愛知に残ってもっと勉強したいと思った。
戻るのはいつでもできるけど、戻れば沖縄から出ることはそう簡単にできないなと思った。

就職はトヨ〇タの研究施設でマニュアルを製作する会社で新開発のプロジェクトをする仕事を選んだ。

入社した会社ではOJT制度があり、私のOJTがまた素晴らしい方だった。
私は今振り返ってみても、人の縁には恵まれていると思っている。
出会った人にはその時々で絶妙なタイミングでつながるという経験を何度もしている。

このOJT担当の上司も、おもしろい方で仕事のイロハを叩きこみ、仕事だけじゃなく、金に対しての考え方、お金の儲け方、株や不動産などへの投資を私のマインドごと教育してくれた。

沖縄でいずれ仕事を作り出すためにはどうしたらいいんだろうという当初の目標が再燃し、まずはビジネスとはなんぞや?
己の中で仮説と検証をする必要があると思い動き出した。
いろんなビジネス本を買いまくり読み漁った
金儲けの本、自己啓発、宗教、心理学、歴史、漫画
どんどん頭でっかちになり、知ったかぶりのヤングピーポーになっていった。

しかし、いくら本をよんでも経験が伴わないから何にも実にならないことは明らかだった。
そこで私は潜入ルポライターの気持ちで
ネットワークビジネス
いわゆるマルチ
みんなが悪意をもって言うネズミー講をやってやろうと決断した。
賛否両論あることは承知だった。

やってみてわかったよ。
賛否両論になることを。

ヤングピーポーは毛が生えはじめ、ヤングから中年への階段を昇り始めるのであった。