人の考え方をどうこう言いたいわけじゃあないけど、未だにそういう考え方している人がいるってことにびっくりする。人間として一番大切なのは「相手の人間性を見る」ってことだと僕は思っているのだけど、そうじゃあなくて昔ギャグっぽく言われていた「三高」みたいなものが基準で考えている人たちがやまほどいるって現実。
相手が優秀であるべきと考えること事態が卑屈な精神だって思えないのかなと。友人はすべて有名大学出てないと、そして親戚一同に関しても医師や弁護士などステータスの高い職業でないとならないなんてのはちょっとおかしくない?
自分はどうなのさってこと。自分自身に自信もって好きな仕事で頑張っていれば年収が幾らであったとしても十分満足な生活ができるのでは?自分が続けていける職業がある人は信用にも足るし、そしてその職業をまっとうしたら、その人生は輝いて見えるはず。それが漁師であったって、下水道工事業であったって保母さんであったって、牧師であったとしても「全うして世の中に貢献している」という価値観を持って他の職業が見られる目を持つこと。そのことの方がすごく大切なことだと自分は思う。
それが結婚相談所なんかの人たちは学歴だとか、職業だとか、さらに見てくれのことまで言及しているのをブログで読んで、笑ってしまった。おそらく結婚できない人たちは、そういう部分に執着してきたから結婚できないのであって、結婚のなんたるかを本当はそういう執着を捨てなさいってところから教えてあげる必要性があるんじゃあないのって考えるわけ。なぜなら結婚夢見ちゃってる人たちってのは現実の「心の部分」が結婚には「大きな問題」になってくることが既婚者には見えているわけで、独身者には絶対に分からない、理解し得ない部分なのに相談所の人たちは不動産屋と一緒で「売りつけて売買成立したら、客の思いなんか関係ねぇ」くらいのもの。
結婚できない人には、それなりの理由がある。事情もあるだろう。しかし、どんな理由であっても五体満足なら絶対に結婚はできるし、自分の相手が世間様から見て足りない部分があるとしたら、それを自分の力で補って進歩させる進化させてあげるんだって思えなきゃ、結婚する意味なんか見出せない。
若い女の子が「良いと思う男はみんな売れちゃってる。」って言うが、なぜ「あたしの力でこの男をもっと良い男に仕立て上げる。」って精神がないんだろう?
そう思わなきゃ、結婚なんてできない。結婚する前から自分は男にやしなってもらいたいって思っているところから発想転換しなきゃ、誰も相手にしてくれないよ。だって男女雇用機会均等になって女性の社会進出が当たり前のようになり、共働きも普通になってきたんだから。ここまで社会が女性に対しての環境整備を整えても未だに「わたしの志は高いの、だから結婚相手次第のディペンディングな人生設計しなければならないの」って平気でいってるのであれば、救いようが無いね。それを女性らしくてかわいいって自分で思っている人たちがいるから、独身者が世の中にあふれ出てしまっている実情があるのをわかってないんだろうな。
志の高いから相手のクオリティを気にするって逆じゃあないの?志が高ければ自分自身を律して自分自身のステータスを高くすれば良いだけのこと。相手に多くを望むことは志を高くするのではなく、それは甘えの精神をさらけ出している半端ものってことでしょ。
成功者の言葉に耳を傾けるのは素晴らしいけど、自分は成功者ではない。成功を望むことは悪いことではないけど、本来成功者は血のにじむような努力と言葉では到底伝えきれない負の経験を耐えに耐えて乗り越えてきた経緯があるからこそ、言葉に重みが加わる。そういう人のパートナーを見ればわかる。表へはしゃしゃりでない。無駄なことはしない。そして肝心なことを端的に明朗に自分の信頼するパートナーに伝えているはずだ。そこには苦労を共にする覚悟を持っているからできるのであって、覚悟の無い人間に幸運などやってくるはずがない。それがわかる人はどれだけ世の中にいるのだろう。結婚相談所を馬鹿にしているのではない。結婚相談所で相手が見つけられる人はほんのわずかしかいないのは、そういう基本に持つ心を持つことに重要性を認めない人たちが沢山いるからだということ。
いつまでも若くいられるわけじゃあないのに。