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いつもいつもそういうわけではないが、ときに凹みそうな状況に置かれることはある。たとえば、何をやっても報われない、どうしたって結果にならない、やればやるほど泥沼にハマっていく、という状況だ。
心が折れそうになるし、ときには折れることもある。
いつだったか(あ、最近か・・・)、ある工種の検討をやっていて、なかなか思うようにならないことがあった。やればやるほど泥沼にハマるというか、結果にならない、成果が上がらないという状況だった。今もその検討は継続しているので、状況が改善しているかどうかは自分には不明だ。ただ、そのときは今以上に泥沼だった。
これと似たような状況が過去にもあった。一昨年のちょうど今頃だ。
そのときも、何をやってもうまくいかない、結果につながらない、やればやるほどドツボにハマる、という状況だった。周りから見たらこれ以上わかりやすい給料泥棒はいない、ということだろう。
そのときは、かなり凹んだし、これ以上凹んでもどうしようもない、という心境だった。今もそのときと似たような状況である。
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こういう状況というのは、いつもいつも訪れるわけではない。人によってはずーっと続いているという方もいるかもしれないが、私の場合はたまに訪れる状況だ。修行しているかのような感じである。
ただし、こういった凹む状況に置かれる状態というのは、半永久的に壊れない石積みを積み上げていくことでもある。
先日、熊本に行く機会があった。熊本城の内部の公開が再開されているので、見学ルートを通り石垣や内部を見ることができた。
まだ崩れたままの石垣や櫓もあったが、きちんと石が積まれたまま地震に耐えたところも多かった。石垣はその多くが江戸時代あたりに造られているものだが、2度の震度7クラスの揺れにも耐え、何もなかったかのように残っている箇所を見て、つくづく思ったことがある。
「何があっても壊れないものを、どれだけ持てるかどうか」
個人的な考えの範囲でしかないが、「何があっても壊れないもの」は、
凹む状況に置かれる状態に置かれることで、作るキッカケを得られる。作ろうという心情が自分の中で芽生えてくる。
そして、
凹む状況に置かれる状態に置かれることで、壊れないものが作りあげられていく。時間はかかるが、少しずつ、一個作られていく。
とはいえ、言うのは簡単だが作りあげていくのは大変だ。石垣の石を一個ずつ積み上げていくのと同じように、一つずつ作りあげていくしかないのだ。一足飛び、階段の二段飛ばしではできない。下にある部分が崩れないようにするために、一個ずつ積んでいくしかない。
だから、時間がかかる。手間もかかる。
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しかし、その分作りあげられたものは、ちょっとやそっとじゃ壊れない。短時間で得たものはすぐ壊れることがあるが、手間暇をかけて得たものは、そう簡単に壊れることはまずない。
一つ作るのにも大変なことはある。めんどくさいこともある。難しいこともある。一個作ろうとして失敗し、作れた!と思ったら壊れることもある。
その繰り返しで、半永久的に壊れない石積みは積まれていく。熊本城の石垣にしても、最初からあれほど綺麗に規則正しく積まれていたわけではないだろう。様々な試行錯誤を重ね、ときに失敗してあの綺麗な石垣になったのではないだろうか。その積み重ねが、熊本地震でも耐えられるような強靭さとなったのではないだろうか。
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