先日、とあるアフリカ料理の店で見かけたフライヤーに興味を持ち
ラス タカシが出るイベントに行って来た。
彼は、ピアニカを演奏するレゲエのアーティストで、
日本ではダブセンスマニアの一員として活躍し、海外では老舗レーベル Wackiesから曲を出す人である。
ピアニカといえば、幼稚園のとき習ったアレである。
そんなモン、楽器として演っちゃっていいの と思うやもしれない。
俺も初めて知ったときは、そんな感じもした。
ただし、
レゲエでは、自己を表現する伝統的な手段であり、
DUBを代表するAugustus Pabloも愛用した楽器である。
いや、止まれ。
伝統云々抜きにして、
よくよく考えれば、自己を表現するのに、手段など何でもいいような気もする。
楽器も何もない時代に、使えるものは全部使って己を表現したのが、
おそらく音楽の原点だろうし、
現代においても、ジャマイカのゲットーやNYのスラムでは、そうした所から革新が生まれてきたのではないだろうか。
例えば、HIPHOPでいうhuman beat boxの起源を見ていただければ、そうなんではなかろうかと思う。
レゲエで言えば、Lee Perryが、60年代70年代と言う時代に、簡単な機材で、「それどーやってるの?」と聴きたくなる独特の音楽DUBを創造した。
持たざるものの強みとでも言うか。
数ある制約の中から、誰もが持っている、知っているモノを駆使して
新たなものを創造していくことの素晴らしさを感じるし、
また、形式にコダワルことの卑小さを再確認する次第なのである。
ピアニカを聴きつつ、そんなことを俺は想った。
ラス タカシが出るイベントに行って来た。
彼は、ピアニカを演奏するレゲエのアーティストで、
日本ではダブセンスマニアの一員として活躍し、海外では老舗レーベル Wackiesから曲を出す人である。
ピアニカといえば、幼稚園のとき習ったアレである。
そんなモン、楽器として演っちゃっていいの と思うやもしれない。
俺も初めて知ったときは、そんな感じもした。
ただし、
レゲエでは、自己を表現する伝統的な手段であり、
DUBを代表するAugustus Pabloも愛用した楽器である。
いや、止まれ。
伝統云々抜きにして、
よくよく考えれば、自己を表現するのに、手段など何でもいいような気もする。
楽器も何もない時代に、使えるものは全部使って己を表現したのが、
おそらく音楽の原点だろうし、
現代においても、ジャマイカのゲットーやNYのスラムでは、そうした所から革新が生まれてきたのではないだろうか。
例えば、HIPHOPでいうhuman beat boxの起源を見ていただければ、そうなんではなかろうかと思う。
レゲエで言えば、Lee Perryが、60年代70年代と言う時代に、簡単な機材で、「それどーやってるの?」と聴きたくなる独特の音楽DUBを創造した。
持たざるものの強みとでも言うか。
数ある制約の中から、誰もが持っている、知っているモノを駆使して
新たなものを創造していくことの素晴らしさを感じるし、
また、形式にコダワルことの卑小さを再確認する次第なのである。
ピアニカを聴きつつ、そんなことを俺は想った。