『オルフォイスへのソネット』

ソネット7

称讃、それなのだ。讃えることを託された者が
現れ出た、石の沈黙のなかの
原鉱のように。彼の心は、ああ、人間のための
尽きない葡萄酒をしぼる、はかない道具。

塵のなかでも彼の声は決してみだれない、
あの神聖な手本が彼をとらえるなら。
すべては葡萄の山となり、すべては葡萄の房となり、
彼の感ずる南のほうで熟れてゆく。

埋墓の王たちの腐朽は、
彼の称賛のいつわりをとがめない。
神々がひとつの影を落としても。

彼は永久の使者のひとりだ。
死者の扉のさらなる奥へと
讃うべき果実の皿をささげるのだ。


『オルフォイスへのソネット』

ソネット6

彼はこちらのひとなのか。いや、ふたつの領域から
彼の広大な本性は生い育った。
柳の根を経験し、知りつくした者が
柳の枝をしなわせる。

寝床へゆくとき、テーブルのうえに
パンを、ミルクを、残してはならぬ。死者を引きよせる――。
しかし彼、召喚する者は、
瞼のやさしさで

見たものすべてに彼らの出現をまぜいれよ。
彼にとっては、罌粟や芸香の魔術も
あきらかな関連のごとく真実であれ。

なにものも彼の効力あるイメージをけがすことはできぬ。
墓からのものであれ、部屋からのものであれ、
指輪を、留め金を、甕を、彼は讃えよ。





『オルフォイスへのソネット』

ソネット5

どんな記念碑もたててはならぬ。ただ年ごとに
彼のために薔薇を咲かせよ。
それこそがオルフォイス。彼の変わり身、
あれもこれもが。躍起になって

ほかの名をもとめるな。何かが歌えば、
それはつまりオルフォイス。来ては去ってゆく。
ときに彼が薔薇の花びらに数日とどまるなら、
それはもう過剰なのではないか。

ああ、彼は消えゆかなくてはならない、そのことを理解せよ。
消えてゆくことに彼自身すら不安であろうとも。
彼の言葉が此岸の存在を超えたときには

彼はもう、きみたちのついてはゆけない、彼岸にいる。
竪琴の格子は彼の手をこばまない。
そして彼は、身をまかせ、越えてゆく。


『オルフォイスへのソネット』

ソネット4

ああ、心こまやかな者らよ、ときには、
きみたちに気づきもせず、ただきみの頬に沿ってわかれ、
きみの後ろでふるえながらまたひとつになる、
そんな息吹のなかへと踏み込め。

ああ、至福の者、ああ、救われし者、
心の始まりのようなきみたち。
矢の弓でありながら矢の的である者らよ。
きみたちの微笑は泣きはらすにつれ永遠にかがやく。

苦悩をおそれるな。その重さを
大地の重さへと押し戻せ。
山も重く、海も重い。

きみが子供のころに植えた木々さえ、
とうに重くなりすぎ、きみには持ち上げられない。
でも、大気なら・・・空間なら・・・
『オルフォイスへのソネット』

ソネット3

神ならできる。しかしどうして、教えてほしい、
どうしてひとりの男があんなかぼそい竪琴で神をまねたのか。
ひとの感覚は葛藤している。ふたつの心の交差点には
アポロンの神殿はたっていない。

オルフォイスにおそわった歌は欲望じゃない。
いつかは届くものへの勧誘じゃない。
歌は厳存だ。神にとっては簡単なこと。
けれどぼくらはいつ存在しているのか。そして神はいつ

ぼくらの存在に大地や星々を振り向かせるのか。
そんなのは存在じゃない、若者よ、恋なんて。たとえ口をついて
声がもれでようとも、――学べ

忘れることを、歌い上げたことさえ。そんなものは過ぎ去る。
ほんとうに歌うということは、べつな呼吸である。
その息は何のためでもない。神のなかを吹いていくもの。風。





『オルフォイスへのソネット』

ソネット2

すると、ひとりの少女のようになって、現れ出た、
歌と竪琴がひとつとなったこの幸福から。
春の霞にあかるくかがやき、彼女は
ぼくの耳のなかに寝床をひとつしつらえた。

そしてぼくのなかで眠った。するとすべてが彼女の眠りとなった。
ぼくがいつかほめ讃えた木々、肌身に感じるあの
遠方、心うごかす草原、
ぼくに迫りくるどんな驚嘆も。

彼女は世界を眠った。歌う神よ、
目覚めたいと願わないように
彼女を創りあげたのか。彼女は生まれてすぐ眠った。

彼女の死はいずこ。ああ、おまえの歌が
弱りゆくまえに、この主題が歌いだされるのか。
彼女はぼくのなかからどこへ消えていくのか・・・少女のようなものよ・・・。






『ドゥイノ・エレジー』 

第1のエレジー

ぼくが叫んだなら、いったいどんな、
いったいどんな天使が耳を傾けてくれるだろうか。
もし、天使のうちのだれかが不意にぼくを心に
とめてくれたとしても、その強すぎる厳存に
ぼくは消え失せてしまうだろう。美は、ぼくらには耐えがたい
おそるべきものの始まりにほかならないのだから。
美が冷たくはねつけるようにぼくらを破壊せんとするゆえに
ぼくらは賛嘆する。どんな天使もおそろしい。
  だからぼくは自分をおさえ、暗い嗚咽の呼びかけを
のみこむ。ああ、ぼくらはいったいだれを
求めればいいのか。天使じゃない、人間じゃない。
慧眼な動物たちはもう気づいている
解釈された世界で
ぼくらが安住していないことを。
もしかすると、ぼくらに残されているのは、見飽きたいつもの
どこかの斜面の一本の樹。昨日あるいた道や
ぼくらのことが好きでいつも共にありどこへも去ろうとしない、
ひとつの習癖のいびつな確かさ、そんなものが残されている。
  ああ、それに夜、夜には、世界空間を満たす風が
ぼくらの表情をかじりとる、――ひとりひとりの心に
手ごわく迫り、あこがれをやさしく裏切る夜は、だれのところなら
過ぎゆくのか。恋人たちのところならさっと行き過ぎるのか。
ああ、恋人たちは互いでそれぞれの運命を覆いかくしあっているだけなのだ。
  きみにはまだわからないのか。腕のなかから空虚を
ぼくらが呼吸するそれぞれの空間へと投げ込め。すると、ひろげられた大気を
心ある羽ばたきで鳥たちが感じるかもしれない。

そうなのだ、たしかに春がきみを求めていた。たくさんの星が
求めていた、きみが気づいてくれることを。過去から波が
高まって押しよせ、あるいは、ふと通りがかった窓から
ヴァイオリンがきみに身をゆだねてきた。すべては委託だった。
けれど、きみは成し遂げたのか。相変わらずきみは期待ばかりで、
すべてが恋の予感でもあるかのように、気もそぞろじゃないか。
(大きな見知らぬ思考がきみのもとを出入りし、夜には
しばしばとどまりもするのに、恋人をどこに匿おうとするのか)
どうしてもそんな思いがきみに恋焦がれるときには、愛の女たちを歌え。
今なお彼女らの名高き感情は不滅のものとなりきってはいないのだ。
もはやきみがうらやむほどの、あの捨てられた女たち、彼女らは
満たされた女たちよりもはるかに愛する者であるときみも気づく。
決して届かぬ称賛をいつもあらたに始めよ。
考えてもみよ。英雄とはやりとおすものだ。彼らにとっては
没落すら口実にすぎない。最後に生まれようとするための。
けれど、あの愛の女たちは、もう何もする力がないというように、
尽き果てた本性をみずからのうちへと引き戻してしまう。あのガスパラ・スタンパのことを
じっくり考えてみたことがあるだろうか。恋人に見捨てられたどこかの少女が
愛する女の高められたお手本として、スタンパになりたいと願うように。
あの大昔の苦悩が、ぼくらのなかでついに
もっと実りゆたかなものになるべきじゃないのか。ぼくらは愛しつつも
相手から自身を解き放ち、ふるえながら耐える時じゃないのか。
矢が弓に耐え、放たれる瞬間に集中し、
以上のものとなるように。不変などないのだから。

声がする、声が。聴け、ぼくの心よ。聖者にしかできぬ
耳のすまし方で。巨大な呼び声が
聖者たちを引き上げようとしていた。それなのに彼らはまだ跪いていた。
立ち上がれないものよ。彼らは跪きつづけ、気づかなかったのだ。
それほどに彼らは耳をすましていた。きみなんかが
神の声に耐えられるわけがない。それでも、吹きくるものに耳をすませ。
静寂からなる絶え間ない知らせを聴け。
あの夭折した者たちがきみに向かってざわめくのだ。
ローマやナポリの教会に足を踏み入れるたび、
彼らの運命がしずかにきみに話しかけてきたじゃないか。
それに、刻銘のひとつが浮き上がりきみに委託したこともある。
つい先頃見た聖マリア・フォルモーサ教会の碑銘のように。
彼らはぼくに何を望んでいるのか。彼らの魂の純粋な動きを
時折かすかに妨げてしまう偽りの看板を
そっとはずしてあげるべきなのだ。

たしかにおかしなことだ。もう地上に住んでいないなんて。
ようやく身におぼえた慣習をもはや繰り返すこともなく、
薔薇や、そのほかたくさんの自分にだけ約束された物たちが
人間としての未来に意味をなさないなんて。
どこまでも気遣ってくれる両手にももう包まれず、
自分の名前すら、こわれた玩具のように
ほうり出してしまうなんて。
おかしなことだ、望みがもう望めないなんて。おかしなことだ、
関連しあっていたものすべてが、空間にちらばり、
ばらばらに漂うのが見えるなんて。そして、死んでいるということ、
それはたいへんな拾い集めばかりなのだ。
そうして永遠のかけらを少しずつ見つけていく。ーーそれなのに、
生きている者たちはみな決めつけるという過ちをおかす。
ときどき天使は知らないらしい(そう言い伝えられている)、自分が
生者のもとを飛んでいるのか死者のもとを飛んでいるのかを。永遠の奔流は
ふたつの領域をつらぬいて絶えずあらゆる年月をのみこみ、
そのとどろきにどちらの世界もしずまりかえる。

若くして死んだ者たちは、ついにはもうぼくらを求めなくなる。
母のやさしい乳房から育ってゆくように、彼らはそっと
この世のものから乳離れする。でもぼくらは、
あれらの大いなる秘密を求めるぼくら、悲しみから至福の一歩を
踏みだすこともあるぼくら、――ぼくらこそ彼らなしに存在できるのか
あの伝説はそらごとだろうか。かつて亡きリノスをしのぶ悲嘆のなかで
最初の音楽がほとばしり、ひからびた凝固に沁みわたったのだ。
およそ神のようなひとりの若者が
突如永久に歩み去った空間が驚愕し、生じた虚空が
かの振動を奏で、それがいま、ぼくらを魅了し、慰め、助けてくれるのだ。

『オルフォイスへのソネット』 ソネット1 ①


そこに木がはえた。ああ、純粋な超越よ。
ああ、オルフォイスが歌う。ああ、耳のなかに高くそびえる木よ。
するとすべてが黙った。だがその沈黙のなかにさえ
あたらしい開始、合図、変化が起きた。

きよらかにくつろいだ森のねぐら、巣から、
静まりかえった動物たちがわれ先にと出てきた。
そうしたのは、うちにひそむ
企みや不安のゆえではなく、

耳をすましていたからだった。咆哮も叫声も愛の喚呼も
彼らの心にはとるにたりない気がした。
それらの叫びを感じるためのちっぽけな小屋すらあやうく、

入口の柱がぐらぐら揺れる
まっくらな欲望でできた隠れ家がどうやらあるらしいところに――
おまえは彼らの聴覚の聖堂を建てたのだ。









「記憶」 

そうしてきみは待っている、待ちわびている、ひとつのものを。
きみの生をどこまでも広げてくれるもの。
強い力で、とてつもなく、
石をも目覚めさせるもの。
きみへと向かう深いものを。

金色の書物、茶色の書物が
本棚のなかでたそがれる。
すると、通り過ぎてしまった地、
絵、衣装、二度と戻ってこない女たち、
をきみは思い出す。

そしてふとわかるのだ、そうだったのかと。
立ち上がると、きみの目の前には、
過ぎ去りし日々の
不安、姿、祈りがたたずんでいる。

『イメージ詩集』から
『時祷書』③


南の国の、月桂樹のそびえる修道院に
ぼくの兄弟僧がたくさんいる。
彼らがどれほど聖母さまを人間らしく描くか、ぼくは知ってる。
若きティチアーノたちをぼくは夢みる。
神はあかく燃えながら彼らをつらぬいてゆく。

けれど、ぼくのなかをうかがってみると、
ぼくの神さまは暗く、音もなく吸い上げる
無数の根で織られた布のようだ。
ただぼくはその暖かさで元気になる。
ぼくの枝は低くたれさがり、風にゆれるだけ。
ぼくが知ってるのはそれだけ。