最初に親の会を紹介することや児童相談所について
大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
> たぶん、先生方も「親の会」の事を
> ご存知なかったと思います.
> なにしろ私が最初にその幼稚園の
> (話のわかる)先生から紹介していただいた、
> 親の会は、「不登校の会」でしたから・・・・
ふむ、最初に相談されたのは、お医者様ではなく幼稚園の先生だったのですね。なるほどな。
> それから、個人的に行った
> 児童相談所の「様子をみましょう」と
> いう言葉にも 泣かされたものです。
> (今は,わかりませんが、その頃は
> 決まりごとのように言われていたようです
> 他の方からも聞きました)
> 何もわからない親が様子を見 てるだけでは、
> どうにもならなかったです。
これもよく聞きますね。
今はどうなのだろう・・・
ちゃんとやって下さってるのかな。
なお児童相談所で「就学前のお子さんでLDの疑い」という場合は、現時点では必ずLDで有名な□□先生の目を通ることになっているそうなので、かなりいいかな。
で、児童相談所で学童期の場合は実際問題として虐待問題への対応で発達障害の勉強まで手が回らないのがほんとのところかもしれない。
---------------
追記
あくまでも大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
> たぶん、先生方も「親の会」の事を
> ご存知なかったと思います.
> なにしろ私が最初にその幼稚園の
> (話のわかる)先生から紹介していただいた、
> 親の会は、「不登校の会」でしたから・・・・
ふむ、最初に相談されたのは、お医者様ではなく幼稚園の先生だったのですね。なるほどな。
> それから、個人的に行った
> 児童相談所の「様子をみましょう」と
> いう言葉にも 泣かされたものです。
> (今は,わかりませんが、その頃は
> 決まりごとのように言われていたようです
> 他の方からも聞きました)
> 何もわからない親が様子を見 てるだけでは、
> どうにもならなかったです。
これもよく聞きますね。
今はどうなのだろう・・・
ちゃんとやって下さってるのかな。
なお児童相談所で「就学前のお子さんでLDの疑い」という場合は、現時点では必ずLDで有名な□□先生の目を通ることになっているそうなので、かなりいいかな。
で、児童相談所で学童期の場合は実際問題として虐待問題への対応で発達障害の勉強まで手が回らないのがほんとのところかもしれない。
---------------
追記
あくまでも大昔の話です。
具体的手だては愛と同時に。感情を出すこと。
大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
> 「愛」も大事ですが、自閉症児には、愛よりも具体的なかかわりを
>以って接して欲しいですよね。
これね、「愛と同時に」と言った方が周囲の方に納得して頂きやすいと思います。「愛よりも」と言うと「そやからTEACCHをやってるやつは」とか「応用行動分析をやってるやつは」とかまるで「人間じゃない」みたいな反応をされることが多いですから(笑)
で実際に「同時」なんだな、と強く感じています。似たようなので「人間関係よりも先に具体的なかかわりを考える」なんてフレーズもあります。実は「具体的かかわり」を考え、実際にそれをやることは「同時に」人間関係も大事にしているんですよね。「パニックにさせといて無理矢理」みたいなことが無くなるわけですから。
> 「親が頭でっかちになって困る」という言い方をする人もい
>ますが、親にしてみれば、我が子(と自閉症)のことを少し
>でも理解したい、少しでも理解してもらいたいという思いの
>表れなんですよね。
そうですよね。その気持ちを受け止めることができないってことは教師が親を受容できてないってことだ。(笑)
>時々違う方向に行ってしまうときもあるんですが・・・。
それが自覚できてりゃいいんですよね。違う方向に行っても戻って来れるから。
たぶん私はすごく頭でっかちな人間なんです。子どもの時から。で、結局のところ今の私って自分のその「特性」を生かしているんだろうな、って思います。
自閉症の方だけじゃなくて、たぶんみんな自分の「特性」や「強み」を生かして生きていくのが幸せじゃないのかな、って思います。
> でも、こっちが感情的になったら、うまくいく話もこじれて
>しまう可能性大なので、言葉を選びながら、一呼吸置いて話す
>のがいいかな?
たしかにそうかもしれない。
でもね、感情的になってしまう時は感情的になっていいのだろうと思っています。(っていうか仕方がないことだから、無理に抑えつける必要は無い、ってとこかな)
以前、周囲の一部の方の無理解な対応(主としては「威嚇と暴力」)に切れた時、最初は自分の感情を抑えようとしました。でもそれだと私は精神科クリニックに行き、長期病欠になるしか無かったと思います。切れて、相手を怒鳴りつけたり、立ちはだかって物を言うようになったりして、すごく楽になりました。
そして相手も、それで対応を変えた場合もあるし、変えない場合でも「こーゆーことで怒る人がいるんだ」と知るだけでもいいことだったのじゃないかと思います。(でないとそれで当たり前、いいことだ、と思ってしまう)
でね、何度かやってるとね、実はごっつい感情的にばんばんやってるように見えて、ちゃんと自分の外でモニタしてる自分も出てくるんだよね(笑)
> やる気が無い親御さんも確かにいますが、色んなことやり
>たくても、色んな事情があり、できないって人も沢山います。
>子供が小さいうちは特にそうですね。兄弟がまだ小さい、
>祖父母の世話、自分が何をして良いかまだわからない(あの時
>の私はまさにこれでした)etc・・・。
これもやはり環境のせい、っての大きいのじゃないかしら。
「わかっている」保護者や周囲の方が増えてくれば、何をしたらいいか、何を気にしなくてもいいのか、などちゃんとわかってくるような気がします。で「できる」ことがわかれば「やる」から「やる気がない」ようには見えなくなる、と・・。
> 子供が自閉症だとわかった時点から、「頑張れ!頑張れ!
>お母さんが頑張らないといけない。」って言われ続けて、「今
>までも充分頑張ってるのに、この上何を頑張れば良いの? 」と、
>へこむこともしばしばです・・・。
ですよね。
> 「我が子のことは頑張るけど、他の事まで気がまわらない!」
>なんて、思ったりします。世の中を変えるのは確かに親だとは
>思いますが・・・。
なんて言いながら「親の会」のお世話とかありがとうございます。
おかげ様で、いろいろ少しずつ変わってきています。
ありがたいです。
特別支援学級にいた頃。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
> 「愛」も大事ですが、自閉症児には、愛よりも具体的なかかわりを
>以って接して欲しいですよね。
これね、「愛と同時に」と言った方が周囲の方に納得して頂きやすいと思います。「愛よりも」と言うと「そやからTEACCHをやってるやつは」とか「応用行動分析をやってるやつは」とかまるで「人間じゃない」みたいな反応をされることが多いですから(笑)
で実際に「同時」なんだな、と強く感じています。似たようなので「人間関係よりも先に具体的なかかわりを考える」なんてフレーズもあります。実は「具体的かかわり」を考え、実際にそれをやることは「同時に」人間関係も大事にしているんですよね。「パニックにさせといて無理矢理」みたいなことが無くなるわけですから。
> 「親が頭でっかちになって困る」という言い方をする人もい
>ますが、親にしてみれば、我が子(と自閉症)のことを少し
>でも理解したい、少しでも理解してもらいたいという思いの
>表れなんですよね。
そうですよね。その気持ちを受け止めることができないってことは教師が親を受容できてないってことだ。(笑)
>時々違う方向に行ってしまうときもあるんですが・・・。
それが自覚できてりゃいいんですよね。違う方向に行っても戻って来れるから。
たぶん私はすごく頭でっかちな人間なんです。子どもの時から。で、結局のところ今の私って自分のその「特性」を生かしているんだろうな、って思います。
自閉症の方だけじゃなくて、たぶんみんな自分の「特性」や「強み」を生かして生きていくのが幸せじゃないのかな、って思います。
> でも、こっちが感情的になったら、うまくいく話もこじれて
>しまう可能性大なので、言葉を選びながら、一呼吸置いて話す
>のがいいかな?
たしかにそうかもしれない。
でもね、感情的になってしまう時は感情的になっていいのだろうと思っています。(っていうか仕方がないことだから、無理に抑えつける必要は無い、ってとこかな)
以前、周囲の一部の方の無理解な対応(主としては「威嚇と暴力」)に切れた時、最初は自分の感情を抑えようとしました。でもそれだと私は精神科クリニックに行き、長期病欠になるしか無かったと思います。切れて、相手を怒鳴りつけたり、立ちはだかって物を言うようになったりして、すごく楽になりました。
そして相手も、それで対応を変えた場合もあるし、変えない場合でも「こーゆーことで怒る人がいるんだ」と知るだけでもいいことだったのじゃないかと思います。(でないとそれで当たり前、いいことだ、と思ってしまう)
でね、何度かやってるとね、実はごっつい感情的にばんばんやってるように見えて、ちゃんと自分の外でモニタしてる自分も出てくるんだよね(笑)
> やる気が無い親御さんも確かにいますが、色んなことやり
>たくても、色んな事情があり、できないって人も沢山います。
>子供が小さいうちは特にそうですね。兄弟がまだ小さい、
>祖父母の世話、自分が何をして良いかまだわからない(あの時
>の私はまさにこれでした)etc・・・。
これもやはり環境のせい、っての大きいのじゃないかしら。
「わかっている」保護者や周囲の方が増えてくれば、何をしたらいいか、何を気にしなくてもいいのか、などちゃんとわかってくるような気がします。で「できる」ことがわかれば「やる」から「やる気がない」ようには見えなくなる、と・・。
> 子供が自閉症だとわかった時点から、「頑張れ!頑張れ!
>お母さんが頑張らないといけない。」って言われ続けて、「今
>までも充分頑張ってるのに、この上何を頑張れば良いの? 」と、
>へこむこともしばしばです・・・。
ですよね。
> 「我が子のことは頑張るけど、他の事まで気がまわらない!」
>なんて、思ったりします。世の中を変えるのは確かに親だとは
>思いますが・・・。
なんて言いながら「親の会」のお世話とかありがとうございます。
おかげ様で、いろいろ少しずつ変わってきています。
ありがたいです。
「おかあさんは、勉強しないで下さい私達が勉強しますから」と言われた保護者
大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
※ある自閉症のお子さんが保育園に入った。そこで加配の保育士さんのやっている勉強会に保護者も参加させてもらえて勉強させてもらっている、という話から。
> 私のときは,「おかあさんは、勉強しないで下さい
> 私達が勉強しますから。おかあさんが、
> 先生になっては、いけません」等
> といわれてしまって、・・・・・・
わはは、担当の方がしっかり勉強して、保護者が安心していられる環境をすべての生活で実現できているのなら、そーゆー事態にはならないわけで・・・
> そうですね。幼児期は,親も一番不安な時期ですし
> 支えてくれる人【組織】がいないと本当につらいです。
よくわかります。
障害がわかった時点で即、親の会を紹介する、とかが必要だと思います。
>先生も親から色々言われるのが
>怖かったのかな?と思います。
もうねえ。一緒に協力しなきゃねえ。
>そうおっしゃっていた先生は、何もされず「愛」で全て
>解決しようと思われていたようです.。
「愛」は大事。でみんな「愛」を持ってる。なのにうまくいかないから「愛以外」の何かが必要なわけで。
---------------
追記
「おかあさんが、先生になっては、いけません」
この言葉には真実があります。「先生」は「学校」で何かを「教える」のが仕事。(特別支援教育ではそうでない場合もありますが)家にまで「先生」がいたら窮屈で仕方がない。
しかし・・・「おかあさんが先生になってる」場合、学校などでまともな「先生」がいなくて仕方なくやってる場合もあるのではないか。「先生」がしっかりしてくれりゃ「おかあさんは先生にならなくていい」
「おかあさんは、勉強しないで下さい私達が勉強しますから」
この言葉も一見カッコイイですね。もう「まかせなさい」ってわけです。記事の中ではとても「まかせる」わけにはいかなかった状況が書かれていますが。
しかし、もし保育園や学校での生活を「おまかせ」することのできる実力のある先生であった場合はどうでしょう。それでも、家で勉強は教えずとも、様々な暮らしの環境調整をするのは母親・父親などの家族です。勉強せんでええわけはない。学ばなくていいわけはない。
ところで教師の間で「あの親は勉強しすぎるからあかん」という悪口は頻繁に飛び交っていました。これは「教師の不勉強」(これがほとんど)と「保護者が困ったことを学んでくる(例えば、どついてしつけろ)」の2つの例があることは確かでしたね。私は悪口には荷担しませんでしたが。
特別支援学級にいた頃。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
※ある自閉症のお子さんが保育園に入った。そこで加配の保育士さんのやっている勉強会に保護者も参加させてもらえて勉強させてもらっている、という話から。
> 私のときは,「おかあさんは、勉強しないで下さい
> 私達が勉強しますから。おかあさんが、
> 先生になっては、いけません」等
> といわれてしまって、・・・・・・
わはは、担当の方がしっかり勉強して、保護者が安心していられる環境をすべての生活で実現できているのなら、そーゆー事態にはならないわけで・・・
> そうですね。幼児期は,親も一番不安な時期ですし
> 支えてくれる人【組織】がいないと本当につらいです。
よくわかります。
障害がわかった時点で即、親の会を紹介する、とかが必要だと思います。
>先生も親から色々言われるのが
>怖かったのかな?と思います。
もうねえ。一緒に協力しなきゃねえ。
>そうおっしゃっていた先生は、何もされず「愛」で全て
>解決しようと思われていたようです.。
「愛」は大事。でみんな「愛」を持ってる。なのにうまくいかないから「愛以外」の何かが必要なわけで。
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追記
「おかあさんが、先生になっては、いけません」
この言葉には真実があります。「先生」は「学校」で何かを「教える」のが仕事。(特別支援教育ではそうでない場合もありますが)家にまで「先生」がいたら窮屈で仕方がない。
しかし・・・「おかあさんが先生になってる」場合、学校などでまともな「先生」がいなくて仕方なくやってる場合もあるのではないか。「先生」がしっかりしてくれりゃ「おかあさんは先生にならなくていい」
「おかあさんは、勉強しないで下さい私達が勉強しますから」
この言葉も一見カッコイイですね。もう「まかせなさい」ってわけです。記事の中ではとても「まかせる」わけにはいかなかった状況が書かれていますが。
しかし、もし保育園や学校での生活を「おまかせ」することのできる実力のある先生であった場合はどうでしょう。それでも、家で勉強は教えずとも、様々な暮らしの環境調整をするのは母親・父親などの家族です。勉強せんでええわけはない。学ばなくていいわけはない。
ところで教師の間で「あの親は勉強しすぎるからあかん」という悪口は頻繁に飛び交っていました。これは「教師の不勉強」(これがほとんど)と「保護者が困ったことを学んでくる(例えば、どついてしつけろ)」の2つの例があることは確かでしたね。私は悪口には荷担しませんでしたが。