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延安 リービ英雄著

 図書館で借りて来ました。

延安―革命聖地への旅/リービ 英雄

¥1,785
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 延安は北京の西南西1000kmくらいの所。

 地図。

 中国紅軍(共産党軍)が長征を行った際、終着地として到達したのが延安であったことから中国革命の聖地とされる。

 で、昔から山腹に洞窟を掘って人々は暮らしており、毛沢東たちもそこに住んだ。なぜかっていうと、谷間は山賊だらけで暮らせなかったから。

 この本の記事は2007~2008年に書かれたもの。

 延安は内陸部だけど、中心街は高層ビルが林立しているような場所もあり、校外には10階建てのマンションが並んでいるようなところもある。で、昔ながらの洞窟に住んでいる人もいる。(その人たちが貧しいということではないみたい)内陸部でも発展してるところもあるのですね。

 もともとの農民と流入農民はあきらかに違う。流入農民のほうが貧しい。

 ビジネスが盛んで都会的な町なみとともに貧しい人たちもいる。

 リービさんが歩いていると「外国人!」と声を上げた子どもたちに石を投げられたことも。石を投げられなくても「外国人!」と言って集まってくる。

 私も、子どもの頃、近所に白人の子どもが歩いてたりすると「外国人!」って言って、周辺の子どもがみんな集まって来たなあ。石は投げなかったけど。

 ある農民(地主)。「国民党軍」が来て全てを略奪していった。そこから立て直したら「日本軍」が来てまたすべてを略奪して行った。革命・解放のあとまあまあ良かったみたいだけど「文化大革命」でまたえらいことになった。もう何度も何度もえらい目にあってるわけですね。

 毛沢東がニクソンに会った時に言った言葉?

「サヨクの言うことは当てにならん、ウヨクと話した方がいい」

父の会で  大泣き & 同志

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

>  飲んでいる席でいきなり「なんでうちの子にこんな子が生まれてきたんだ」と
> 大泣きしたおとーさんもいました。なかなか母親の前では自分を出せず、ずっと
> 胸の内にしまっていたのでしょう。
>
>  またこんなことを言っていた父親もいました。
> 「友達と飲んでいるときでも、自分の子は自閉症だと言っても、同情は買うけど
> それ以上の話はできないし、また友達と住んでいる世界が違うように感じて
> しまった。同じ障害を持つ父親と飲むと、なんとなく安心する。たぶん言わなく
> ても、同じ壁(受容)を乗り越えてきた同志のように感じるからね」

 ・・・そうかあ・・・お母さん方でこういったお話をうかがうことが多かったですけど、そらお父さんもやわなあ。

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追記
 父親の会と言うと、老舗に「町田おやじの会」ってのがあります。
 映画「ぼくはうみをみたくなりました」を作られた山下久仁明さんなんかが関わっておられるやつ。

 ここの規約がいい。

(活動)
第4条 この会は、第2条の目的を達するために次の活動をおこなう。
 (1) 例会と称しての飲み会
 (2) 総会と称しての飲み会
 (3) 学習会と称しての飲み会
 (3) 対行政を考えるための飲み会
 (4) 対女房を考えるための飲み会
 (5) その他必要な飲み会、および飲み会以外のこと


 ね。(ニコ)


父の会ができ「親が頭でっかちになっては困る」と言ってた人が顧問に

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

>  私が参加してる「障害のある子の放課後を考える会」
>が、ついに? 父の会を立ち上げました。

おめでとうございます。
 嬉しいですね(ニコ)

> 前は、「親が頭でっかちになっては困る!」と言ってはばから
>なかった人が、父の会の顧問?として参加し出してから、父も
>どんどん勉強するべきという考えになりつつあります(^_^)。

これまた素晴らしい。
 その方は保護者がされてた「自閉症のお子さんには『見てわかる』ことが大切」という講演は「医学部での研究会」で聞いてはります。
 
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追記
 時代が少しずつ動いて来た?