LD,ADHD,自閉症の連続性と個別性
大昔の話です。
特別支援学級にいた頃。
※これは佐々木正美先生が講演でおっしゃっていたことなんですが、論争になるかと思って今まで出していなかった部分です。今は全然違う主張になっておられるかもしれません。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
今日は周囲の小学校の水泳記録会なのですが、とりあえず役が無いので休ませてもらうことにしてしまった・・・こーゆーとこで顔を出しておいた方がいいのでは、とは思いつつ・・・
> 障害の連続性と個別的な対応について,もう少し詳しく教えてく
> れませんか.
連続性というのは先に書いた
>「LD,ADHD,自閉症は中枢神経系の同時総合機能の障害と
>いう点で連続性の中で位置づけられる」
というのにつきます。例えば自閉症のお子さんがトランポリンを跳ぶ(単に足腰の運動)のが上手であっても、縄跳びを跳ぶ(腕と足の協調運動)のが苦手であるように。
そしてLDのお子さんのスクーリングテストとして、膝を手のひらと手の背の部分を左右反対にかつ交互にリズムをとってたたく、というのがありますが、自閉症の方もこういうのは苦手ですね。
「中枢神経系の同時総合機能の障害」というのは要するに「不器用」ということだ、という話もありました。
で個別的な対応というのは、とにかくひとりひとりに合わせてその子の障害の程度に応じて「具体的・視覚的・肯定的」に指導する、ということにつきると思います。(佐々木先生がこういう言葉をつかいはったわけではない)あるいは刺激の精選。
例として「我々でも」図書館で、簡単な本を読む時はオープンスペースで読むけれども、難しい本を読む時はブースに入る、というのをスライドで見せて下さいました。確かに大学の図書館なんかはそうなっています。
でですね、私、LDについての本の中でアメリカのLD教育の専門学校での指導としてブースの中で勉強している写真を見たことがあります。(本が荷物の中に埋もれて出てこない・・・アセ)
そして佐々木先生はLD教育専門学校の指導方針を紹介して下さいました。
1.成功する機会を与える 成功・自信・意欲・進歩
2.多数の感覚(器官)に訴える(multi-sensory approach)
3.課題をスモールステップにして与える(小さく分割し、具体的に)
4.即座の反復と定期的(spiral)反復で、技能(skill)を自動化(automatic,spontaneous)
5.モデルを見せる(Don't tell me, show me.)視覚的学習の意義
6.学習プロセスに生徒を含める 得意/不得意の自覚、現在の到達点を自己モニターできるように導く
なーーんや、自閉症の子への指導と一緒やん。と思ってしまいますね。
で、結局、そこを考えつつひとりひとりに合わせるということになるのだと思います。
もちろんLDと自閉症スペクトラムの違いはあると思います。例えば相手の感情の認知や、その部分でのやりとりとか。私が○○大学医学部でやってた研究会で集中砲火を浴びてしまった時、お医者様が言ってはったのはそこの部分でした。
つまりそこの差で例えばLDの方は進路として人とのやりとりが必要な仕事で成功することも多いけど、自閉症スペクトラムの人はその部分は避けた方がいい、とか。そしてそこの部分を考えて指導していかなきゃなんない・・・。
しかしそうでありつつ、私が抱いていた疑問については、すごくすっきりした感じがあります。(で繰り返し書きますけど、低レベルで「一緒」とか言われたら困ってしまう、という思いはあります)
特別支援学級にいた頃。
※これは佐々木正美先生が講演でおっしゃっていたことなんですが、論争になるかと思って今まで出していなかった部分です。今は全然違う主張になっておられるかもしれません。
○○さん、どうもです。
kingstoneです。
今日は周囲の小学校の水泳記録会なのですが、とりあえず役が無いので休ませてもらうことにしてしまった・・・こーゆーとこで顔を出しておいた方がいいのでは、とは思いつつ・・・
> 障害の連続性と個別的な対応について,もう少し詳しく教えてく
> れませんか.
連続性というのは先に書いた
>「LD,ADHD,自閉症は中枢神経系の同時総合機能の障害と
>いう点で連続性の中で位置づけられる」
というのにつきます。例えば自閉症のお子さんがトランポリンを跳ぶ(単に足腰の運動)のが上手であっても、縄跳びを跳ぶ(腕と足の協調運動)のが苦手であるように。
そしてLDのお子さんのスクーリングテストとして、膝を手のひらと手の背の部分を左右反対にかつ交互にリズムをとってたたく、というのがありますが、自閉症の方もこういうのは苦手ですね。
「中枢神経系の同時総合機能の障害」というのは要するに「不器用」ということだ、という話もありました。
で個別的な対応というのは、とにかくひとりひとりに合わせてその子の障害の程度に応じて「具体的・視覚的・肯定的」に指導する、ということにつきると思います。(佐々木先生がこういう言葉をつかいはったわけではない)あるいは刺激の精選。
例として「我々でも」図書館で、簡単な本を読む時はオープンスペースで読むけれども、難しい本を読む時はブースに入る、というのをスライドで見せて下さいました。確かに大学の図書館なんかはそうなっています。
でですね、私、LDについての本の中でアメリカのLD教育の専門学校での指導としてブースの中で勉強している写真を見たことがあります。(本が荷物の中に埋もれて出てこない・・・アセ)
そして佐々木先生はLD教育専門学校の指導方針を紹介して下さいました。
1.成功する機会を与える 成功・自信・意欲・進歩
2.多数の感覚(器官)に訴える(multi-sensory approach)
3.課題をスモールステップにして与える(小さく分割し、具体的に)
4.即座の反復と定期的(spiral)反復で、技能(skill)を自動化(automatic,spontaneous)
5.モデルを見せる(Don't tell me, show me.)視覚的学習の意義
6.学習プロセスに生徒を含める 得意/不得意の自覚、現在の到達点を自己モニターできるように導く
なーーんや、自閉症の子への指導と一緒やん。と思ってしまいますね。
で、結局、そこを考えつつひとりひとりに合わせるということになるのだと思います。
もちろんLDと自閉症スペクトラムの違いはあると思います。例えば相手の感情の認知や、その部分でのやりとりとか。私が○○大学医学部でやってた研究会で集中砲火を浴びてしまった時、お医者様が言ってはったのはそこの部分でした。
つまりそこの差で例えばLDの方は進路として人とのやりとりが必要な仕事で成功することも多いけど、自閉症スペクトラムの人はその部分は避けた方がいい、とか。そしてそこの部分を考えて指導していかなきゃなんない・・・。
しかしそうでありつつ、私が抱いていた疑問については、すごくすっきりした感じがあります。(で繰り返し書きますけど、低レベルで「一緒」とか言われたら困ってしまう、という思いはあります)