「日本の戦争 田原総一郎著」から | kingstone page(旧)

「日本の戦争 田原総一郎著」から

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。



 kingstoneです。

 実践的な話ではない、という意味ではやっぱりゴミな文ですが・・

 忙しい、忙しい、と言いながら必要にせまられてではなく本を読んでしまいます。で今、

「日本の戦争」田原総一朗著(小学館)

を読んでます。「なぜ日本は負ける戦争をしたのか」という問題意識から書かれた本です。幕末あたりから書かれてはいるのですが、源氏物語あたりも出てきます。

 第2章が「和魂洋才」という言葉を調べていく話になっています。

 このあたり、TEACCHを参考にした指導を取り入れる時に合う抵抗と重ね合わせる部分があります。

 例えば佐久間象山。

 彼は蘭学者では無く儒者ですが、西欧列強の恐ろしさを知り西洋科学技術を学ぶために自らオランダ語を学び原書を読破し、その危機感から「海防八策」を書きます。

 しかし幕府の取り入れるところとはなりません。

 その後、全国の砲台を見て回り、このような旧式のものではひとたまりもない、と意見書をもと老中であった藩主に提出します。しかしこのような過激な意見は身に危険が及ぶと、藩主は幕府には提出しません。

 ところが象山は直接幕府に提出してしまいます。

 そして尋ねて来た吉田松陰と話すうち「直接外国を見てくるべきだ」と盛り上がり、そのまま松陰はペリーの船に密航しようとして断られ、戻ってきてつかまり、松陰も象山も蟄居となります。(後に井伊直弼が出てきて安政の大獄が起こったために松陰は死刑)

 この本の中で
「象山の予言、それは妄言として、逆に象山がうさんくさく思われていたのだが・・」というところが出てきます。

 「40過ぎのうさんくさい奴」と言われている私と重ね合わせてしまうのね。もちろん私は象山ほどの才能も学識もありませんが。

 彼は後の書物の中で「東洋の道徳、西洋の芸術(技術)」という言い方をしているが、田原さんは研究者と話すうちに象山のこの言葉はある意味で時代の吐かせたカモフラージュで「洋魂洋才」と言いたかったのではないか、ともまで書いてはります。