新免武蔵(宮本武蔵)を心の師と仰ぎ、五輪書をボロボロになるまで愛読し、自らを兵法者と呼ぶちょっと時代錯誤な剣道エリート、磯山香織。
不本意な判定で全中準優勝となった香織は気まぐれから横浜市民剣道大会に出場するが、敵などいるはずもないその大会で、見たことのない不思議な足運びをするコウモトという選手に無様に負けてしまう。
敗れた理由に納得いかない香織の下に届いたのは、幾つかの剣道の名門校からの推薦入学の誘い。その中にはコウモトと父親の弟子にして兄を剣道から遠ざける原因となった男がいる青松高校があった。
敵の軍門に下るのか、という葛藤を覚えつつも青松高校に進んだ香織に声をかけてきたのは、中等部から上がってきた西荻早苗。同じ剣道部に所属する早苗はときどき光るものを見せるが、総じて見れば自分とは比較にならない弱い選手だった。
ところが、早苗こそがコウモトその人だったことが判明し――
武士道シックスティーン/誉田 哲也
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いやあ、面白かった。
久しぶりにそう言える一冊だったような気がします。とんでもなく対照的な二人のヒロインがそれぞれにぶつかる壁と、その前でもがく姿が非常に愛おしくて思わずのめり込んでしまいました。
徹底的に勝つことに拘りながら「戦うとは何か? 剣道を続ける意味は?」という根幹の部分で揺れて、徐々に自分を見失っていく香織。暴言を吐かれ暴力を振るわれることもありながら香織のそばを離れずに立ち直らせていく早苗の天真爛漫さ。しかし、早苗は早苗で勝敗に興味を持てない自分が戦う意味と、自分の家庭の問題に揺れる。
物語は香織視点、早苗視点の一人称が交互に入れ替わりながら語られるのですが、あるところでは同じ場面をそれぞれの目から見て、あるところではそれぞれが知りえない違う物語が展開されていきます。
この構成が実に素晴らしいのですよね~。
ちょっと時代がかった言い回しが混じる香織の語りと、いかにも女子高生らしい日記のような早苗の語りの落差がちょうどいいテンポを作り出しているだけでなくて、どちらかの視点だけでは語りきれない部分を補い合いながら、ストーリーを単調にすることなく上手く運んでいくのです。
こういう手法は簡単なようで、実は全体のバランスや読みやすさの点で非常に難易度が高いのですが、本作はどちらかに偏ることもなく絶妙なバランスを保ったままでクライマックスまで語りきってしまうのです。いや、これ何げにすごい。
女子剣道という小説では珍しい題材ではあるものの、基本的にはベタベタの青春小説なのですが、二人のヒロインの人物造形の妙(やや、漫画チックな部分はありますが……)が、わたしのような年寄りには「ああ、この頃ってそういうことに迷うもんだよなぁ」とちょっとしたノスタルジーも感じさせてくれました。
また、用具の説明から試合の進め方、試合中の選手の心理状態など含めて実に細かく描写されていて、そのリアルさも大いに楽しめました。「どうして香織は早苗に負けたのか?」という理由探しの部分も非常にスリリングで、打倒ライバルに燃えて修行する剣豪小説のシーンを想像させます。
読んでると、だんだん竹刀が欲しくなるから不思議です(笑)
本作「武士道シックスティーン」のラストシーンは次の「武士道セブンティーン」の導入部にもなっておりまして、こちらはどちらかと言えば早苗の物語になっています。もちろん、香織も相変わらずの傍若無人ぶりを発揮しておりますが。
物語はこの2冊を一つのものとして読んだほうが面白いし、また、読みたくなること請け合いです。
武士道セブンティーン/誉田 哲也
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