「フィリップ・マーロウのダンディズム」(出石尚三 集英社) | 『Go ahead,Make my day ! 』

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【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】


結局のところ、現代の紳士服の基本は1930年代におかれているわけで、その思想と美学とが理解できたなら、今日のダンディズムを修得したこととほぼ等しいのだ。
「チャンドラーを読まずに1930年代美学をかたるなかれ。マーロウと識らずにダンディズムを語るなかれ」と言って過言ではないだろう。   ――「簡素なまえがき」より


 


フィリップ・マーロウのダンディズム/出石 尚三
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さて、この前はずいぶんと硬い調子でハードボイルドについて書いてみましたので、今回はちょっと(?)ソフト路線で行ってみようと思います。

ハードボイルドというと、誰もが思い浮かべるのが「トレンチコートと中折れ帽」の組み合わせではないかと思います。
これはハンフリー・ボガートが映画「3つ数えろ(原題は「The Big Sleep」)でマーロウを演じたときに、これらを身に付けていたことからついたイメージですね。他に「さらば愛しき女よ」でマーロウを演じたロバート・ミッチャムも、やはりトレンチコートを着て登場します。
(どうでもいいですが、わたしの中ではミッチャムはマーロウではなく、何故かリュウ・アーチャーなのです。ミッチャムとロス・マクが似ているからか?)

もちろん、原作「大いなる眠り」でもマーロウはトレンチコートを着ているのですが、原作の7つの長編でトレンチコートを着ているのは実はこの第1作だけだというと、驚かれる方も多いのではないでしょうか。
やはり映像が与えるイメージというのは大きいものです。

しかし、これがボギーとトレンチコートの初共演なのかというとそういうわけでもなくて、この映画に先立ってあの名画「カサブランカ」でもボギーはトレンチコートを着ています。
原りょうがエッセイの中ででこの映画を取り上げて、

「別れた女のためにその身を危険に晒す男は少なくない。しかし、別れた女が愛する男を逃がすために危険を冒せる男はいない」

という趣旨のことを述べていますが(ちょっとうろ覚え……)、個人的には「3つ数えろ」よりも「カサブランカ」の主人公リック・ブレインのいかにもハードボイルドなキャラクターのほうが、”トレンチコート・イコール・ハードボイルド”というイメージを決定的なものにしたのではないかと思います。

トレンチコートに関する基本的なウンチクはウィキペディアにお任せするつもりだったのですが、どうもリンクがうまくいかないので、ここで簡単におさらいしておきましょう。

トレンチコート(Trench Coat) 
もともとは第一次世界大戦期の英国軍の外套。
当時の戦争はいわゆる塹壕戦で、そこから互いの陣地めがけて砲弾を撃ちあっていたのですが、この塹壕戦最大の難敵が雨でした。
当時の防水地はいわゆるゴム張りで、これは防水性は完璧なのですが、人が着ると途端に強烈なニオイを発するという欠点がありました。ただでさえ寒冷なヨーロッパの気候の中で、雨中の快適性の確保は至上命題と言ってよかったのです。
そんな中で英国陸軍は上質防水地の技術を持つアクアスキュータム社とバーバリー社に、塹壕(トレンチ)戦での対候性を発揮するコート、トレンチコートの開発を依頼します。
両社は一応は開発競争をしていたのですが、軍はアクアスキュータムの改良点をバーバリーに教えたり、逆のことをしたりしたので、事実上、共同開発だったと言えるでしょう。
トレンチコートの特徴は両肩のエボレット(ストラップ)、両袖の寒風を防ぐためのストラップ、ウェストベルトと手榴弾留めのDリング、胸の当て布(小銃の台尻を当てたときの擦り切れ防止)です。このうち、現在も実用価値があるのは両袖のストラップくらいで、あとはせいぜいベルトが独特のシルエットを作ってくれる(まあ、それが魅力なんですが)くらいですね。
ちなみにトレンチコートの名称の由来は上記の通りなのですが、日本では流行りの丈の短いタイプを”ショート・トレンチ”と言ったりするので、ちょっとおかしな意味にもなってますね。(ショート・トレンチ=短い塹壕?)

さて、では一方の中折れ帽はどうなのかというと、これが意外なほど資料がないのです。
実際、チャンドラーの小説をざっと眺めてみても、マーロウが被っている帽子の種類についての言及はほとんど見当たりません。邦訳のほとんどがただの”帽子”だということは、原語も”Hat”か”soft Hat ”だったと思われます。(正式には”ソフト・フェルト・ハット”と言うのですが、当時の翻訳だったらこれは”フェルト帽”と訳されてるはずなので)
これは当時、中折れ帽(ソフト帽)があまりにも一般的で、特に語るべきものがなかったからだと思われるのですが、しかし、代わりに被らせるのに適当なものがなかったからでもあるようですね。
一応、高級な帽子の代名詞であった”ステットソン”や、その形に特徴があるテンガロン・ハットなどはちゃんとその名前で出てきますしけど、それは私立探偵が被るような代物ではなかったようです。
確かにスーツには合いませんしね。トレンチコートとバランスが取れるデザインといえば、軍用の帽子でなければ中折れ帽くらいしかないのも事実なので、仕方がないのでしょう。

さて、なんでこんなことをダラダラ書いているかといいますと、実は今現在(記事を書いてるのは10日の23:00頃)、ヤフーオークションにて静かな戦いが繰り広げられているからであります。
そう、トレンチコート(USED品)を競り落とすために……。


元はと言えば「ぺがさすさんのゴムタイなリクエストにお応えする」という、ただそれだけのために始めたのですが、やり始めるとなかなかアツくなるのがオークションというやつなわけで。
入札相手が微妙な吊り上げをかましてくるたびに、ヨメの冷たい視線を物ともせずに「ええーいっ、これでどうだあッ!!」と応戦(再入札)するということを繰り返しております。

果たして、わたしは無事にトレンチコートを手に入れることができるのでしょうか……。

えー、タイトルに挙げておきながらほとんど触れてませんけど、「フィリップ・マーロウのダンディズム」は服飾評論家である著者が、チャンドラーの小説に登場するさまざまなファッション・アイテムの解説を軸に、ダンディズムの原点たる1930年代を読み解くという内容のものです。
この手のアイテム本としては非常に専門的知識に富んでいて、なかなか読みごたえがありました。手に入れたのはけっこう前のことで、この記事もそうですが、創作のほうにもいくつか引用(真奈が語るミッドナイト・ブルーの由来など)しております。
興味のあるかたはご一読あれ。

<11日、0時10分追記>
無事に落札に成功いたしましたー!!
ちなみにこんなヤツです。残念ながら最初に狙っていたバーバリーではないのですが、色はカーキよりこっちのほうが好きなので良かったです。(笑)

とれんちこーと