(ゲイ映画) マッチョ | ゲイが語る映画の感想とクローズドゲイの日常

ゲイが語る映画の感想とクローズドゲイの日常

映画の感想が主ですが、たまにゲイアプリでの出会い報告もやってます。その時は(ゲイ話題)と書きますので、ゲイに対して理解のない人には、そっとページを閉じてくださいね。

 

NETFLIX配信のゲイを装っていたファッションデザイナーがノンケであることをアウティングされてしまうドラマ。

 

ちょいちょい描写が酷いですが。。。。

 

 

 

デザイナー=ゲイってのがステレオタイプの始まりなので、それで人気が出たからと言ってゲイであるように装う必要全くないんです。多い印象はありますけど余計なお世話ですよね。




ただ、この映画に関しては、普段クローゼットゲイが感じているものを180度ひっくり返したようなストーリーです。 なので、カミングアウトするべきでないと言われ続ける一般社会とも対峙しています。

 

 

 

だから、ゲイじゃなかった!って世間からブーイングをされているシーンでレインボーフラッグを持っている人たちに、「裏切者!」とか「搾取された!」って言われていることを真に受けて「いや、そんなこと言わないよ!」って思うのはちょっと早合点かと思います。 

 

 

 

これは鏡みたいなものです。 誰がどんな性的指向(字幕では嗜好になってました)であれ、別に関係ないですよね。 実際に、商売でゲイやオカマを演じている人も中にはいると思いますし、ノンケを演じている場合もあります。いわゆるクローゼットですね。 

 

 

 

それでもゲイを装うために、傷心気味のゲイボーイを無理やりアクセサリーのようにあてがうというのは、クローゼットのゲイの人は覚えがあるかもしれません。



本心じゃないのに「好きな女の子のタイプは?」とか聞かれたときに用意していることだってあります。相手のことを蔑ろにしてしまっていることもあります。 



もしくは自分の性的指向が分からずにいる場合もあります。 世間体を気にしてしまう部分とかですね。 

 

 

 

そこで、アクセサリーだと思っていた人からモーションをかけられたことで自分の中にあるゲイフォビアが爆発します。 「俺にはゲイ遺伝子はない」など、聞いていて辛い暴言も多々あります。

 

 

 

なので、この話はノンケがゲイを装っているという作品ですが、まさしく僕のクローズドゲイの話でもあります。成功をしているとはいえないけど。

 

 

 

そこから紆余曲折あって、ゲイに目覚める? みたいな描写はちょっと余計です。 エンディングの3人婚もハッピーエンディングのように見せていますが、あれも悲しいです。 つまりは、ゲイだって、女を知れば治るんだよ。と言われているような気もしますし、ノンケでも男を知ればゲイに目覚めると言っているとも言えます。 人それぞれなので、彼らはそういう選択をしたという訳ですが、これが全てではもちろん無いです。

 

 

 

自分が愛する人が、たまたま同性だった。というのも理想論でしかないですが、僕だって女性が嫌いなわけじゃないですよ。苦手だけど。 でも、無理やり女を知れという雰囲気に持ってこられたとしたら、それをアテンドしようとしている人とは距離を置くと思います。もちろん、知り合いにゲイがいるんだけど紹介しよっか? っていうのも余計なお世話だな!!って思いますけどね。

 

 

 

この映画をノンケが観たらどういう感想を持つのか気になります。