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旅と音楽と時々ネコと

旅と音楽が好きです。でも振り返るともうだいぶ長寿なネコと暮らしています。そんなことを上げていきます

ネコ写真いかがですかね、あまり閲覧されないみたいですが、あれも私の日常なのでちょいちょい上げてまいります。

 

ホーチミン戻りますか。

 

2日目は在住の友人がなので早い時間からつるんで遊びました。

さすが在住ともいうべきローカルな散歩を楽しませていただきました。

 

在住の友人の提案で4区というローカルエリアへ散歩に行こうと歩きました。

 

川のずっと向こうに見えるのは何区だかわかりませんが、新興都市でビルがどんどん建っているそうです。

 

この川を渡って4区だそうです。

この向こうの方も近代的なビルが建っています。

 

我々が宿泊しているところ、駐在外国人などがいるところは1区というところで新宿とか渋谷と言ったところでしょうか。

原住民もいますが、入植者も相当多く、観光用に整備されており、どんどんきれいになりつつあります。

またドーナツ化現象のように周りに高級住宅街ができ始めているのも事実のようです。

そのはざまにあるのが4区と言ったローカルエリアで通常外国人は歩きでは入り込まないとのこと。

そんなに危険なんでしょうか。

ちょっと不安でもあり楽しみでもあります。

私のような元バックパッカー現在キモオタアラフィフショートトリップオジサンでも軽いスリルを味わえそうですね。

 

続く!

2018年2月10日(土)

ちょっと休憩して。

 

リモートワーク始めてから2週間、ずっとそばでこんな感じ。

ジャマではないけど気が散ります。

 

 

明日からまたベトナム旅行記に戻りますー

 

ベンタイン市場を出たらもう私の中では知っている観光ピークがなくなってしまいました。

とりあえず東へ向かい、何があるのか知りません(郵便局でしたっけ?見る価値あるの?)が、ドンコイ通りの方面へ進みました。

 

また、もやもや歩いて広いところに出ました。

向こうに見えるのはホーチミン像ですね。
この人は自由のために血と涙を死ぬまで流し続けたそうです。

 

日本のODAでホーチミンに地下鉄ができるそうですよ!!
これから発展しますね!!

 

最近別口で聞きましたが、まだ工事中だとか。。。

やはり南の人たちの工事はゆっくりですね。

 

歩き疲れたのでドンコイ通りのジャーマンパブに入りました。

 

ラムソーセージ!
濃ゆくて美味しかったです!

 

バスでホテルまで戻ってブイビエンに繰り出しました。

結構人が出てるんですね!!

 

1日目はこれで終りです。

 

続く!

2018年2月9日(金)

さて、ホテルで一休みした我々はホーチミンで働く友人の仕事が終わるまでフリータイムなので、これまで2人でタイ、マレーシア、シンガポール(一瞬ですが)、台湾、香港と歩いてきたのでここでも2人だけでどこまで通用するか歩いてみました。

 

何せ普段の旅行ではまず私がその旅先に興味を持ち、行き先や行き方、観光情報を集め、オプショナルツアーで何があるか、そこに自力で例えば公共交通機関のみで行くならどう行けば行けるのかなど調べてから行くのですが、今回は友人に会うためにノープランで来てしまったため、ほとんどホーチミンのことを知らずに来てしまったのです。

 

とりあえず散策してみますか。

元バックパッカー現在アラフィフショートトリップオジサンの勘を頼って。。。

 

散歩しながら腹ごしらえしようと街をブラつき始めました。

 

バイクは多いし、バスはウインカーにまで音が鳴るようになってるし、けたたましい街です。

 

ベンタイン市場へやってきました。

 

観光客慣れしてるというか狭い通路で「オニイサン、ヤスイTシャツアルヨ」とか「コーヒーヤスイヨ」とか叫ばれても冷める一方でした。
あるところでは完全にシャツつかまれてセールスされました。

 

まずは腹ごしらえから。

付け合わせが木の葉とかウケるよね。

 

ほらね、やっぱりベンタイン市場は観光プライスでしたね。
定価が書いてないし会計時にはかなり盛られてました。
目の前で堂々とやられるとなすすべもないというか唖然ですね。

 

前の日記の友人と言ったバインミー屋でバインミー3つとビール5本飲んだ値段と、ここでフォー2杯とビール2本が同額になってしまいました。

どういう計算なんですかね?

 

続く!

2018年2月9日(金)

新型コロナと新婚旅行のキャンセルにまつわるお話が続いてしまいました。

やることはやりましたし、後に残ったキャンセル作業は予約サイトによるともう少し日程が迫ってからでないと対応ができないようなので、また進捗ありましたら備忘録として書いていきます。

 

元バックパッカー現在アラフィフショートトリップオジサンの旅行記に戻りましょうか。

 

飲み仲間がいきなり思い立ってベトナムはホーチミンに移住してしまいました。

なのでベトナム自体にはあまり興味がなかったのですが友人に会いに行ってきました。

これまで行ってきた東南アジア、東アジアの国より明らかに遅れており、貧乏で、でも何かあきらめのような戦争から立ち直りの遅い社会主義を見たような、でもどこかのんびりした東南アジアの気質を見たような、なんか不思議な気分でした。

正直2泊4日じゃぜんぜんわかりませんでした。

 

羽田空港出発前。
掲示板を撮るのは癖というか旅日記ですね。

 

久しぶりにレガシーキャリアで海外行きます。

 

ぼったくりが常習的に横行しているベトナムということなので、タンソンニャット空港まで友人がGRABで迎えに来てくれました。
一緒にGRABで街中へ来てデタム周辺のバインミー屋さんで朝からビールとバインミーを食べた後、友人はそのまま仕事へ行ってしまい、我々はそこでもう少しビールを飲んだ後、徒歩でホテルへ移動し、アーリーチェックインをし、ひと休みしました。

 

※以前にもこの旅行記を別のサイトで紹介した時に「ベトナムはボッタクリじゃない、これまでどこを旅してきたんだ」などと安穏で攻撃的なコメントをいただきましたが、私は(以前も触れましたが)インターネットが普及するずっと前(最初の海外旅行は1991年のタイでした)からそのコメントをくれた人の数倍の国を歩いてきたし、ただそれは威張れることではありませんし、人と比べることでもありません。

   あくまで自分が旅をして感じたことを自由に書いているだけであり、それが表現の自由というものだと思います。

   2000年に私は友人とタイからラオスを旅をしており、本当ならラオスからベトナムへ抜けようかとも考えていたのですが、2000年でもまだADSLが出たか出ないかくらいのインターネットの世界でしたから、タイでは遅ーいインターネットカフェがあるくらいのレベルで、情報はゲストハウスや旅行代理店などにおいてある「旅ノート」というものが「生の情報」であり、いろいろなルートでその町にたどり着いた旅人が自分が取ってきたルートの情報を書き記し交換し合うものでした。

   それを読むとどのベトナムを通った人も必ず「ボッタクリ天国」という意味の言葉が書いてあり、タイでも少なからずゴマかされてきてはいたけど、文化の違いくらいで済ましてきましたが、バックパッカーがそれほどの表現をするというのはよほどのことだろうと思っていました。

    結局、ラオスに渡った瞬間、1997年にASEANに加入したばかりのラオスはあまりにも不便過ぎて、今振り返ればあれほど素朴な国は後にも先にもなかったと思うくらい良い思い出だったのですが、その時は体力が削られてしまって、ラオスを横断してベトナムへ行くことを断念してタイへ逃げ帰りました。

   なのでこの旅が初めてのベトナムなのですが情報を集め始めるとやっぱり必ず「ボッタクリ」の言葉が付いてくるので警戒はしてましたが、やはりどこかしらでゴマかされてはいました。

   ただそれを正直に書いただけなんですけどね。

   いいわけが長くなりすみませんでした。

 

長くなってしまったので

続く!

2018年2月9日(金)