新型コロナと新婚旅行のキャンセルにまつわるお話が続いてしまいました。
やることはやりましたし、後に残ったキャンセル作業は予約サイトによるともう少し日程が迫ってからでないと対応ができないようなので、また進捗ありましたら備忘録として書いていきます。
元バックパッカー現在アラフィフショートトリップオジサンの旅行記に戻りましょうか。
飲み仲間がいきなり思い立ってベトナムはホーチミンに移住してしまいました。
なのでベトナム自体にはあまり興味がなかったのですが友人に会いに行ってきました。
これまで行ってきた東南アジア、東アジアの国より明らかに遅れており、貧乏で、でも何かあきらめのような戦争から立ち直りの遅い社会主義を見たような、でもどこかのんびりした東南アジアの気質を見たような、なんか不思議な気分でした。
正直2泊4日じゃぜんぜんわかりませんでした。

羽田空港出発前。
掲示板を撮るのは癖というか旅日記ですね。

久しぶりにレガシーキャリアで海外行きます。

ぼったくりが常習的に横行しているベトナムということなので、タンソンニャット空港まで友人がGRABで迎えに来てくれました。
一緒にGRABで街中へ来てデタム周辺のバインミー屋さんで朝からビールとバインミーを食べた後、友人はそのまま仕事へ行ってしまい、我々はそこでもう少しビールを飲んだ後、徒歩でホテルへ移動し、アーリーチェックインをし、ひと休みしました。
※以前にもこの旅行記を別のサイトで紹介した時に「ベトナムはボッタクリじゃない、これまでどこを旅してきたんだ」などと安穏で攻撃的なコメントをいただきましたが、私は(以前も触れましたが)インターネットが普及するずっと前(最初の海外旅行は1991年のタイでした)からそのコメントをくれた人の数倍の国を歩いてきたし、ただそれは威張れることではありませんし、人と比べることでもありません。
あくまで自分が旅をして感じたことを自由に書いているだけであり、それが表現の自由というものだと思います。
2000年に私は友人とタイからラオスを旅をしており、本当ならラオスからベトナムへ抜けようかとも考えていたのですが、2000年でもまだADSLが出たか出ないかくらいのインターネットの世界でしたから、タイでは遅ーいインターネットカフェがあるくらいのレベルで、情報はゲストハウスや旅行代理店などにおいてある「旅ノート」というものが「生の情報」であり、いろいろなルートでその町にたどり着いた旅人が自分が取ってきたルートの情報を書き記し交換し合うものでした。
それを読むとどのベトナムを通った人も必ず「ボッタクリ天国」という意味の言葉が書いてあり、タイでも少なからずゴマかされてきてはいたけど、文化の違いくらいで済ましてきましたが、バックパッカーがそれほどの表現をするというのはよほどのことだろうと思っていました。
結局、ラオスに渡った瞬間、1997年にASEANに加入したばかりのラオスはあまりにも不便過ぎて、今振り返ればあれほど素朴な国は後にも先にもなかったと思うくらい良い思い出だったのですが、その時は体力が削られてしまって、ラオスを横断してベトナムへ行くことを断念してタイへ逃げ帰りました。
なのでこの旅が初めてのベトナムなのですが情報を集め始めるとやっぱり必ず「ボッタクリ」の言葉が付いてくるので警戒はしてましたが、やはりどこかしらでゴマかされてはいました。
ただそれを正直に書いただけなんですけどね。
いいわけが長くなりすみませんでした。
長くなってしまったので
続く!
2018年2月9日(金)