翡翠日記 -4ページ目

翡翠日記

日々の出来事、できるだけ書いてきます

今の子ども達がサッカーをしようとしたらいろんな環境が整っています。

見る観る
テレビでもネットでも他の媒体でも。一流選手の映像を見ようとすればいくらでも目にすることができる。
これは素晴らしい事だと思います。
うちの近くはJリーグを観戦するにもとても便利なところでもあります。
雑誌も月刊誌しかなくて情報は1ヶ月遅れとか。付録についてくるポスターを楽しみにして。雑誌も写真を一生懸命見てどうしたらこんな風にできるのか?想像してさあ。テレビはダイヤモンドサッカーくらいしかなくて。年に一度トヨタカップを国立に観に行くのが楽しみで。でも、いろいろ想像して考えてました。
今の子ども達がどこまで自分の考えたフェイントとかパスを持っているのかな⁇

指導者
指導者の質についてもかなり上がっているとも思います。昔は「なんとかしろ‼︎」みたいな指導者が多くて罰で走らせたり今では考えられない方法が幅をきかせていました。まあ、ここはまだ改善の余地ありですが。
これも沢山の情報(媒体)に囲まれていろんな講習会もあってとてもやり易いですよね。でも、こちらも情報がありすぎてその情報を沢山持つ事が良い事だと思い、それで満足してしまっている指導者も多いのも事実ですね。練習とかにもオリジナリティがなかったりしてマネマネトレーニングしか目にしない。そこからクラブの状況にあわせてアレンジしていく事ができない。オーガナイズの工夫がない。

クラブの数
今では選手がクラブを選べることが多くなってきています。近隣に複数のクラブが存在したり街クラブの中にクラブチームがあったり。少年ではまだかもしれないですが、中学以上は間違いなく選択肢が増えました。部活でやる事はマイナスだという考えがあるのも事実ですが、クラブチームもちゃんと選ばないと酷い目にあいます。怪我で潰されて使い捨てのように切られる。部活だから勉強できた人間関係。それが苦手とか嫌だからクラブチームに行くなんて甘い考えの選手もいるみたい。片腹痛いですね〜〜。
それから感じるのは親御さんの都合で親御さんが楽な(?)クラブに子どもを入れていけるという幅の広さ。うちの近くにもあります。でもそこは試合がない。なんか1年に一回あるらしいけど例えばそのまま中学に行ってサッカー部に入って…試合なんてできるのかな⁇

グランド
人工芝のグランドがかなり増えて子ども達が安定した環境で技術を身につけていることは間違いないです。うちの市には人工芝どころか芝生のグランドがありませんがね。ガラパゴス地域です。それでも近隣の郡市に行けば素晴らしい環境で試合をさせてもらえます。
でも、先日、『ペレ 伝説の誕生』を観ましたけど子どもの頃のペレはストリートサッカーを裸足でやっていました。必ず整った環境で技術が身に付くのでしょうか?ピッチのせいにしている代表戦の実況を聞いているとバカバカしく思えてきます。

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道具
かなり進歩していますよね。子ども達が誰々モデルって派手な色のスパイクを履いているのを見ると。まあ、私たちが子どもの頃もペレのモデルとかマラドーナのモデルとかありましたけどね。マラドーナのサインが入っていて「これ本物かな⁇」とかって。そんな訳ないだろ。ボールですよ。一番進歩したのは。あの手縫いボールの縫い目の当たるヘディングの痛いことって言ったらまあ、悲惨。何度ボールを蹴り上げるキーパーを恨めしく思ったか。皮とかもガチガチで。ちゃんと蹴らないと痛い。
今の子ども達はすぐに買い替えているよね。安くて良いものが増えて。

親御さん
親御さんの目はこえましたね。プレーに対して判定に対していろいろ言われていますよね。前にも書きましたが私たちがアピールするのには退席ってリスクを背負いながらアピールしているんです。選手を守るためゲームを守るため。ここでちゃんとしないとゲームが荒れて選手が怪我をするリスクを避けるために。でも、応援席のは違いますよね。間違ったサポーター擬きがJリーグにも沢山います。人種差別を平気で口走る閉鎖的なチームのサポーター擬き(真面目にクラブを支えている真のサポーターと区別するために)と大差ない輩が多いです。
それでも親御さんの目は間違いなく肥えてきました。
よくも悪くも。以前は「バァンて蹴っちゃいなさい」なんてかわいい応援もありました。


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まだまだあげれば沢山あると思います。

最近の少年サッカーを観ていてどうもワクワクしない事が多い。確かに上手いけどね、こいつ何をしでかすんだろう。ってワクワクする選手が少ない。ファンタジックな想像を超越するプレーをする選手を見たい。
勝負に拘って欲しい。けど、その勝負とは試合結果だけではなくてあくまでもゲームの中の勝負に拘って欲しい。その積み重ねが試合結果なんであってゲームの中の勝負に拘ったプレー、相手の裏をかくような相手が地団駄踏んで悔しがるようなそういう拘ったプレーが見てみたい。どこかで見た事があるプレーばかりで。そんなアイデアを否定する指導者がまだまだいる証だと思います。

それでも恵まれた環境にあるのは間違いなくて

あとはこの環境をどうやって活かしていくか?
ですよね。このままでは間違いなく私が生きている間のワールドカップ優勝はないです。

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私は相手のチームの選手が素晴らしいプレーをした時それによって結果失敗に終わった自分のチームのプレーを叱るよりも相手に拍手を送るようにしています。
以前は
なんで突破できない
なんで突破される
と選手に言っていました。でも、ある日あるチームとの試合でそれがなんでなのかわかりました。
その相手のチームの監督さんは片言の日本語で相手のチームの選手にも
うまぁい
を連発しています。相手のうちの選手を相手のチームのベンチから誉め讃えていたんです。
試合が終わって挨拶に行くとひたすらうちの選手を誉めてくれて。

どうしてですか?と尋ねると通訳の人と笑顔で

うまいものはうまい。それだけです。
と。

それに味方も敵もないです。
と。

凄い

これはかなうわけない。

と恥ずかしくなりました。

相手を誉めるのは自分のチームの選手を認めることに繋がる。

と通訳の方が教えてくれました。

自分のチームの選手を貶すに加えて相手を大声で貶すレベルの指導者は論外です。そんな奴はグランドから消えて欲しいんですが残念ながらまだそういう奴はグランドに生息しています。


一流の指導者ってなんなのか?

本をたくさん読んで頭に知識を入れてそれをさらけ出して自慢する奴?

違う。

リスペクトって?

審判に文句を言わないで試合後形式だけのセレモニー握手をする事?

違う。

どちらも大切な面はあるとも思います。でもそれが一番大切な事なのか?

違う。

ナイスプレーにはナイスプレーと言える目を持っている事なんじゃないの?それが相手であっても味方であっても。


お前達が下手だからじゃない。相手が上手いからだ。
だから、尚更負けるな。

そう考えると見えてくるものが凄い変わりました。
もちろん、そればかりではありません。

勝負に拘らないプレーをしたり
勝負を諦めたり

そんな時は違うと思います。

でも
お互いが全力で当たりあってついた決着を貶すのはどうかと思います。


なんで相手を誉めるのか?


と保護者の方から問われた事があります。

受け売りでしたが同じことを答えました。

そしたらその学年の親御さん達はみんな応援の時に相手が上手いプレーをしたら
「今のプレー凄いなあ」
と言ってくれるようになりました。我が子以外もちゃんと応援してくれるようになりました。

最近はなかなか目にしない光景です。

先日もプレーの流れの中で起きたファールに
「何すんだよ!」
と相手選手を怒鳴る保護者がいました。
そんなだからそのチームの選手は簡単に倒れる。ファールを貰えないと保護者も文句。選手も両手を広げてアピール。挙句ベンチも…(確かに中には反則でも酷いのもありますけどね)


さて
私は相手選手のナイスプレーを見るようになってベンチで余裕が生まれました。ピッチが広く見えるようになりました。

まだまだ
もっともっと
凄いプレーを見たいって思って試合を観ています。

それは味方であっても相手であっても。

そしたら倍楽しいし、楽しみですよね。


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先日、サッカー仲間の方と一緒に呑んだ席で

パスサッカーってなんだよ。

って話になりました。

ん?
確かに。


そもそもサッカーってパスゲームですよね。
でも、それでもパスは1つの手段でしかない。
ボールを相手のゴールに運ぶための手段でしかない。または相手にボールを渡さないための手段でしかないって思うと、パスサッカーって定義はなんですかね?

バルサやスペインみたいにショートパスを繋いでいくことがパスサッカー?
いやいや、ロングフィードからのカウンターだって狙い通りに通ればパスに変わりはない。
縦への速いカウンターパスだって同じです。

闇雲に蹴ってあとはフォワード次第ってその闇雲に蹴るというのはパスとは言い難いかもしれないですが、そもそもこれはカウンターでもないですよね。

ボールを「運ぶ」ための手段でしかないパスを前に押し出して何になるのだろう。

その席で2人で話した事で
「サッカーってもっとシルプルでボールを決められたゴールの枠の外に蹴り出す事で点を競うだけなんじゃない?」
って事もありました。
それを
「ポゼッションしろ」
「パスを繋げ」
そんな事ばかりを求めていて本当に良いのだろうか?
凄いシンプルな中に足で運ぶという非日常的な要素があってミスがうまれる。だからそのミスを減らすために技術を身につける。
なんでパスを繋ぐのか?バルサのサッカーに憧れているから?スペインのサッカーが世界を圧倒したから?
もっとシルプルなはずではないですか?

ゴールへの道筋を逆算できないでパスを繋いでも
「お上手ぅ」
にはなるけどそれがなんになるのか。多分日本人が一番苦手なところですよね。
逆算する能力って選手にもそうですが指導者にもないといけない能力だと思います。
目指すところがあるからそこに近付く一番近い方法は?だからその前は何をしなければならないか?その分岐点が複数あればそれだけアレンジが効く。
そう考えると実はシュート練習って大切だよね。でもそれは昔からある転がされたボールをシュートしたりってのではない。ゲームを想定したシュートであるべきですが。じゃあ、そのシュートを打つためにその前の運びはどうするか?でしょ。そこでシュートまでの連携がうまれる。逆算できないから連携ありきのシュートになってないかな。

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パスサッカー…
あくまでも手段でしかないところ。そこに至るまでの守備やその先にあるゴールがイメージできてないでパスサッカーも何もあったモノではないのではないでしょうか?そうした追求を積み重ね続けて至った手段であってその手段だけ真似しても猿真似にもならないですよ。だって肝心な部分が欠けていますからね。まさにブラジルワールドカップの時の代表。
手段から目的を見出すのではなくて目的にあった手段を選べる。それが本当の判断力ではないですか?

もっとシルプルに考えたらサッカーって面白いはずですがなかなかそういう発想のチームを見ることができません。どうしたもんじゃろのぉ
仲間とのサッカー談義でまた考えるチャンスを貰えたのでした。

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話題提供はM澤さんでした。