あれから | 翡翠日記

翡翠日記

日々の出来事、できるだけ書いてきます

震災の当日は府中から川崎まで歩きました。

府中のオフィスを出てから20号線に





右に行けば川崎と案内板が

ここからかなりのざっくりだよね。

遠かった。

南武線に沿ってひたすら南下。

登戸辺りで暗くなってきて。

溝ノ口とかの辺りはもう逆に帰る人たちとすれ違って。

等々力競技場のところは辺り全部が停電で全く明かりがなくて前から人がきても全く見えない暗さ。あんなの始めて。ここでまたあの大きな揺れがあったら。と考えると不安で叫び

帰る途中、両親は川崎で電車が止まって降りたことを知り少し安心。クラブのみんなは。子ども達は無事なのか。家族のみんなは無事なのか?役員さんにメールを入れて確認して。

鹿島田辺りから今、どこに向かっているのか朦朧としてきて。

その辺りからタクシーを探し始めたけど全く走ってませんでした。車


川崎についても電話は全く通じないで私はタクシーの長蛇の列に並びました。


待つこと4時間ほど深夜にやっとタクシーに乗れて自宅まで。

家に両親はまだ帰ってきていないで連絡がつかず。

家の中は揺れにあわせて棚のものがめちゃくちゃに落ちてました。かえって両親は出掛けていてよかったかもしれない。

朝になって、疲れはてて力尽きました。

そんな状態に

『今日の練習はやるのか?』

等とバカな質問をして連絡がないとか言うクラブの親も。

少しは自分で考えて欲しい。かなり頭にきました。こっちは両親とも連絡がとれてないのに。サッカーどころなわけないだろ。むかっプンプン

って感じでした。

ほんと、わかるよね。ああいう時ってにひひ



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