「石泉の離反」について

 

 

此処での「石」とは大石寺を云い、「泉」とは小泉久遠寺の事で、保田妙本寺側を云います。

今回の記事は、南条一族を分断させた「道・郷問題」その後を、妙本寺側の立場の主張と、富士大石寺の堀日享上人の解説をご紹介します。

 

 

★大石寺久遠寺問答の事

 

日享上人の解説:祖滅二百年本乗寺日会の記文、天文年度日任日順の識語ある古写本妙本寺に在るより抄録す、文中稍誤解あるらしけれども大概を見るの料と為すに足る、前文日永代に已に蓮蔵白蓮を文対せしめたる形が爰には全く白蓮坊即ち大坊を以って重須の配下に置き日代の成敗と見たる恐らく日郷已来郷妙両門の親交より涌出したる新説か、是全く蓮蔵、と云ふべし。(富要集 9巻「第四章 石泉の離反」史料類聚2 51頁)

 

本文:

「(前文、略)日目上人の御法水日道なりと沙汰申し乱さるゝ間、日郷門徒として伯耆阿闍梨日道と盛んに御坊地御相論中古代々已来の義絶今に此の如き事御坊地御相論の支証日郷上人代々の引付に分明なり。爰に近代に及び御坊地の故の義絶には之無候て日目上人の法水日郷上人に之無き間、日郷門徒としては日道門徒に帰られず候ては成仏の法水断絶を致すべき旨、近代より当代に於いて門徒断絶の段なり此の趣き中古に於いて都べて偏見の重なり、〇、此の如き等の明鏡分明の条偏に東坊御坊地の相論明白なり中古已来此段に候処に日有の代に及び血脈の伝不伝を沙汰候て一向日郷門跡堕獄などと雑意諂曲心不実浅ましき次第、既に日目上人御奏聞御上洛の時節は宰相阿闍梨日郷上人御留守役に仰せ付けられ、寺家蓮蔵坊の御大事宗旨門流等の手続き御留守警固御申し、蓮蔵坊日目上人御遷化已後相違無く御住あり門家に於いて誰か論談を致すべけんや、然る所に仏法御弘通として房州へ御下向在々所々の御弘通の故、房州吉浜妙本寺開発眼前にて日郷上人同く御弟子日伝上人等の御代まで相違無く房州と御一味なること末弟今に御存知の処に大石日有の代より当代房地故の不和にして差置き盛に日目上人の智水の有無を申し来られ候、結句日郷門徒として大石日道日行の法水を相伝無くば即堕獄などと沙汰候、虚偽の次第此事なり、(以下、略)」(富要集 9巻 51-2頁)

 

編者(日享上人)日く記文中目師天奏の随行は道師なりと曲解して却つて鳥辺山の造墓を没却し、導師相伝の文証を追求するも一として郷師相伝の文証を誇示せず、目師を蓮蔵坊に封著せしめて富士の総貫たる意義を失却せしむる等、眼に大山を見ざるの愚挙とも見つべきか、但し石山側にては時の文献及び追記等現存せず如何に応対したるやを知る能はざるを憾みとす。(富要集 9巻 53頁)

 

 

★日我(保田妙本寺と小泉久遠寺の両寺の十四代 1508-1586年)の説

 

日享上人の解説:身延山久遠寺即蓮蔵坊との説は已に永師に胚胎せり、然れども目師状の引文は曲解少なきが大石寺(蓮蔵坊)相伝には一も文証を挙げず、此等を追うて誤解を益すに至れるか。(富要集 9巻 54-5頁)

 

★申状見聞(天文十四年 日我 記)

本書の全文は、富要集四巻疏釈部1 に77頁から135頁の58頁に亘る漢文体の長文になっており、日享上人は、「宗学要集第四巻疏釈部の一の九八頁より再抄す。」とあるだけです。

本文(一部のみ):

「〇大石の住寺職目上より御相続なり、目上の御代官として房州へ御下著磯村に於いて御弘通あり、其時目上の御文に日く〇、我身も有りたく候へども老躰の間御辺居住候へば喜悦極り無く候、乃至法命を継がるべく候恐々謹言、爰に佐々宇左衛門の尉と云ふ人本は摩々(真間)門徒なり、磯村に於いて帰伏申し御供を致し自身の堀の内を其儘寺とす、今の妙本寺の地形是なり、〇尊氏将軍の時代建武の比妙本寺建立之有り、〇之に依つて御存日の最中に身延再興の久遠寺たる大石寺を目上に御相続なり、蓮蔵坊と申すなり、〇然るに開山重須御住の時日々大石より御出仕と云云、〇」(富要集 9巻 55頁)

 

※申状とは、主に下位の者から上位の者に願い事や主張を申し上げる上申文書や手紙の事で、訴状も含まれるそうです。本書は、①日要申し状、②日郷上人申状、③日目上人御申状、④日興上人御申状、⑤文永五年の申状、⑥文永八年申状と六通の申状を紹介されています。今回①②を現代語に訳そうと試みましたが、当方浅学の為、内容を理解できず掲載をあきらめました。

 

 

★当門徒前後案内聞書

 

日享上人の解説:祖滅二百九十六年日我の記にして日淳日顕の識語ある文久二年日元の写本、妙本寺に在るより略抄す、但し我師の説他抄にも在るべし今省く。(富要集 9巻 55頁)

 

本文:

「〇、一、大石小泉取合の事、六つかしき間注さず大事の文言なる間顕露に之を書かず、久遠寺の今の御影は身延よりと申し日道に押領せられずと衆徒同心に黒田の妙覚と云ふ檀那の処に移し奉ると日学の記文にはあり、惣じて広宣流布富士居住日目門徒再興の内は此の如き問答無用なり、先々中古の問答抄あり之を見るべし本乗寺日会真乗坊日遵等の問答口なり、其後蓮徳寺の日含問答あり其記録は失たり様躰は日会日遵と同筋なり、前々より事澄まず何に況や只今両方共に無信心、無志、無智、無行儀の者薄学にして尚以て済べからず、只今は一寺々々の僧衆檀那の信心を正路に相続け時を待べし〇」(富要集 9巻 55頁)

 

※日我上人は、自宗の令房久住に専念する事を誓われている様です。

 

 

★富士邪正記

 

日享上人の解説:祖滅三百二十五年遠本寺日恩の記にして平筆妙本寺に在るものより略抄す、但し此記各方面に亘りて思ひ切つた僻説あれども枝葉を省きて根幹の誑惑のみを指摘せん、一は目師状、一は目師本尊の転授の件なり、本記に云へるは幾通かの状を合糅して一通の如く且つ曲解せる事なり、現在の一通は常陸の湯より直に富士に来れとあるが大石には香華取る者も無いと云ふ文は日郷状には無い一通は法命を継がるべしとの文あれども富士の事では無く房州にての布教を賞歎せられたのである、殊に二通共に天奏に出発するから留守の為に来れよとは寸言片語も見えぬ、次に導師を垂井より本尊伝授の使者とすること大謬見である、妙本寺に現存する本尊には道師の筆にて「日道之を相伝し日郷宰相阿闍梨に之を授与す」と左方に脇書を加へてある、老年の身でありながら又我師の末弟として此を拝見しない筈がないとすれば有意の誑惑にあらずば全くの暗愚である、且又日郷が有り難く御受けしたとなら此の人亦天下の大愚である、殊に日道御供、日郷留守居の説は日永巳前に発生せし愚推なるを日恩が裏書して失敗したものであると思ふが、但し何れにも俗愚は多く居るから日恩は小泉側の愚俗説の代表者か、次項の日前の如きも亦此部類に属するか、まづ憫れむべし々々。(富要集 9巻 56頁)

 

本文:

「〇、   妙本寺は日目御在世の時の建立なり、其証拠は目上天奏上洛の時妙本寺日郷へ御状を下さる、其状に云はく仍其国は聖人御生国と云ひ二親の御墓の候へば愚も有りたく候へども云云、然れば今度上洛候大石寺に香花取るべき者之無く候急度登山有つて法命を続がるべく候と、尊意に任せ日郷登山有り大石寺の御大事等請取り御留主成され候、日道御供眼前なり其証如何と云ふに樽井より日郷へ下さる候、手続きの御本尊御使ひ日道なり、彼の御本尊の裏書に云はく日道之を承り宰相阿闍梨日郷に渡し奉ると、仍て日郷大石寺住職日道御供の証拠なり、〇。」(富要集 9巻 56-7頁)

 

※京都要法寺の16祖日恩上人(1552-1629)が誤解している、と日享上人は主張されているのですが、「富士邪正記」の全文が見えないので、批評は控えさせていただきます。

 

 

★日前状

 

日享上人の解説:祖滅三百六十六年妙本寺日前より久遠寺及衆檀中への状なり、正筆案文共に二通妙本寺に在るより抄録す、時代を距るに従つて妄説涌き出づ此状も然り殊更此時已下に発生せし俗説は噴飯もの多し、板本尊鎹打の事など自他の俗伝の怪しきものを一掃する為に勿態無き事ながら役僧等と共に表裏とともに綿密に拝査したるに生地にも漆の下にも何等の疵あとも無い事を公言して疑惑を除ふ、又道師円寂の時は日伝未だ幼少にして日郷健在なり日前の痴を見るべし。(富要集 9巻 57-8頁)

 

本文:

「〇、牛王丸を後には日伝上人と申し奉る師の遺言に任せ先づ妙本寺を請取り駿河に打越し大石寺を請取らんとし給ふ処に日道堅く以つて之を渡さず、房州駿河の間度々に及び上下を経て請取らんとし給ふと雖も、間は遠し清(勢)力も尽き大石寺に於いて御影を取り既に板本尊を取らんとすると雖も鎹を打ち抜けざる間御影斗り所持し致候、今の小泉の郷下之坊に之を安置申すなり、其時此方の衆徒と大石寺の衆徒と諍論様々なり、之に付いて日道六箇の謗法と云ふ事之有り小泉に寺を立て下之坊の御影を移し申し候なり此沙汰計ふるに勝へず、〇。」(富要集 9巻 58頁)

 

※保田妙本寺18世の日前上人(1584-1648年)も、本書で久遠寺及び衆檀中に対して保田妙本寺の後董を求めています。

 

 

◎妙本寺は創価学会の勧めにより、昭和32(1957)年(当時の代表・富士日照師)に日蓮正宗に復帰しましたが、平成7(1995)年(代表・鎌倉日櫻師)に宗門から学会が破門されると同時期に離脱されました。

当時の鎌倉日桜上人の主張として、
「・蓮蔵坊70年の係争では、日郷側が正しかった。大石寺の東坊地は日道の門弟たちに不法占拠された。
・万年救護本尊こそ、本地顕発?の御本尊だ。日蓮大聖人のいう一閻浮提総与の御本尊だ。観心本尊抄がその文証だ。
・創価学会の御本尊下付を、大石寺がとやかくいう筋合いは無い。妙法蓮華経の曼荼羅を誹謗してはいけない。」
と、述べられていたそうです。

 

 

 

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