「日蓮大聖人の出世の本懐」の本意と捉え方 前
大聖人御自身の本意
「出世の本懐」とは、元々仏教用語で、「仏がこの世に生まれ出て、民衆を救済する使命を成就させること」を意味します。日蓮正宗では、「日蓮大聖人の出世の本懐」を「楠板本尊の建立」としており、法華講員さんも当然と信じています。ところが、歴代法主の中には、これに対して賛否両論があります。今回、「大聖人の出世の本懐」を大聖人の本意と富士興門派の僧侶がどの様に捉えていたのかをご紹介します。
「経に云わく「法華経を説く処有らば、我がこの宝塔その前に涌現す」とは、これなり。あまりにありがたく候えば、宝塔をかきあらわしまいらせ候ぞ。子にあらずんば、ゆずることなかれ。信心強盛の者にあらずんば、見することなかれ。出世の本懐とは、これなり。」(阿仏房御書(宝塔御書) 新1733頁・全1304頁)建治2年3月 55歳御作か?
現代語訳:法華経見宝塔品に「法華経を説く処には、わがこの宝塔がその前に涌現する」と説かれているのはこの事です。あまりにもありがたい事なので、宝塔(御本尊)を書き顕して差し上げます。わが子でなければ譲ってはなりません。信心強盛の者でなければ見せてはなりません。日蓮の出世の本懐とはこの宝塔の本尊をいうのです。
※大聖人は「楠板本尊」の建立以前に、既に「御自身の出世の本懐」として、御本尊の御図顕と授与を述べられていたのです。
「「一」とは中道、「大」とは空諦、「事」とは仮諦なり。この円融の三諦は何物ぞ。いわゆる南無妙法蓮華経これなり。この五字は、日蓮出世の本懐なり。これを名づけて事となす。」(御義口伝 新998頁・全717頁)弘安元年1月 57歳御作
現代語訳:一とは、中道法相で中諦、大とは生命が大宇宙に遍満しているということで空諦、事とは事実の相・行動で仮諦です。この三諦がバラバラでなく、渾然一体となっている実体、即ち円融の三諦としているが何なのでしょうか。それが、いわゆる南無妙法蓮華経なのです。この南無妙法蓮華経の五字(七字)こそ、日蓮大聖人の出世の本懐なのです。これ(事行の一念三千の法門)を名づけて「事」というのです。
※大聖人は、南無妙法蓮華経の五字・七字こそが、民衆を救済する根本であると宣言し、広宣流布する事を「事」として遺されたのでしょう。
「この郡の内、清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして、午時にこの法門申しはじめて、今に二十七年、弘安二年太歳己卯なり。仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う。その中の大難申すばかりなし。先々に申すがごとし。余は二十七年なり。その間の大難は、各々かつしろしめせり。」(聖人御難事 新1618頁・全1189頁)弘安2年10月 58歳御作
現代語訳:(千葉県長狭郡の)東条の郡の中に清澄寺という寺があり、その寺内の諸仏坊の持仏堂の南面で、正午の時に、この法門を唱えはじめて以来、今の弘安2年まで27年を経過しています。(法門を始めて)釈迦は40余年、天台大師は30余年、伝教大師は20余年(の後)に、それぞれ出世の本懐を遂げられました。その本懐を遂げられるまでの大難は、それぞれに言い尽くせないほどです。これまでに述べてきた通りです。日蓮(本懐)は、27年です。その間の大難は、各々がよく御存知の通りです。
※弘安2年10月1日に書かれたこの御文の何処に、10月12日に建立されたとする「楠板本尊」の事を連想できるでしょうか。大聖人は弘教時の大難を述べておられ、弘安元年に帰依していた農民達(知識階級でない一般庶民)が、弘安2年9月に大難(後に熱原の法難と呼ばれる)に遭遇したのを契機に、大聖人が、「民衆仏法の確立」を確信されたのが、真実でしょう。
「即身成仏と申す法門は、世流布の学者は皆一大事とたしなみ申すことにて候ぞ。なかんずく予が門弟は、万事をさしおきてこの一事に心を留むべきなり。建長五年より今弘安三年に至るまで二十七年の間、在在処処にして申し宣べたる法門繁多なりといえども、詮ずるところは、ただこの一途なり。」(妙一女御返事・事理成仏抄 新2131-2頁・全1260頁)弘安3年10月5日 59歳御作
現代語訳:即身成仏という法門は、世間で著名な学者は、皆、最も大事な法門であると心得ているところです。まして、我が門弟においては、全ての事をさしおいて此の即身成仏の法門に心を留めるべきです。(立宗宣言をした)建長五年から、今、弘安3年に至る27年間、様々な場所で説明して来た法門は数多いのですが、究極はこの即身成仏の法門に尽きるのです
※大聖人が、即身成仏の法門を27年間一途に、説明し弘めて来たと仰せであり、此れこそ「出世の本懐」を意味するのではないでしょうか。
「今、日蓮は、去ぬる建長五年癸丑四月二十八日より今弘安三年太歳庚辰十二月にいたるまで、二十八年が間、また他事なし。ただ妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむばかりなり。」(諌暁八幡抄 新742頁、全585頁)弘安3年12月 59歳御作
現代語訳:今、日蓮は、去る建長5年4月28日から今年の弘安3年12月に至るまで、28年間、他事は一切なく、ただ、妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れようと励んできただけなのです。
※此の御文は、(左京阿日教記『類聚翰集私』富要集2巻347頁)にも引用されており、富士興門派全体にも知れ亘っていた「大聖人の出世の本懐」と考えられます。
◎日蓮大聖人のどの御書にも、「大聖人の出世の本懐」を、日蓮正宗・宗門が主張する「楠板本尊の建立」を連想させる御文は見つかりません。だから我々は、「大聖人の出世の本懐」とは、民衆を救済すべく、5字7字の南無妙法蓮華経の普及からなる「民衆仏法の確立」であり、末代の我々に「世界広宣流布の実現」を託されたのだ、と確信しているのです。