「一閻浮提総与」と「大御本尊」との表現について
巷間では、創価学会の勤行要典の御祈念文が改訂されるのではないかと、取り沙汰されています。 私は、諸天供養、広宣流布祈念、諸願祈念ならびに回向については現行で十分だろうと思っています。
そして、「弘安2年10月12日に御図顕され本門戒壇の本尊と称される楠板本尊」が後世模作であると判明した現在でも、「御本尊への報恩感謝」のご祈念文の中での
「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。」
は、全く変更する必要は無いと考えています。
①今までに「本門戒壇の本尊と称される楠板本尊」が、「一閻浮提総与の御本尊」であり、その他の大聖人御真筆の御本尊は、全て「一機一縁の御本尊」と宗門では区別していましたが、大聖人の御書からその様な御文は見出せません。
日蓮大聖人の仏法は、一切衆生救済の仏法なのです。 従って、大聖人の御本尊に連なる全ての本尊、「本門の本尊」は強いて言うなれば、「一閻浮提総与」であり、「万機万縁」の御本尊であると推考されます。
②次に「大御本尊」の「大」とは、対象物の物理的大きさだけを言うのではなく、その事象を讃嘆する場合にも用いられるのが通常です。
だから、当然ながら、保田妙本寺蔵の大聖人御真筆の万年救護本尊の讃文には、以下の様に「此の大本尊」と明確に書かれています。
「大覺世尊御入滅後經歴二千二百二十余年雖尓月漢日三ケ国之間未有此大本尊或知不弘之或不知之 我慈父以佛智隠留之爲末代殘之後五百歳之時上行菩薩出現於世始弘宣之」
近古の上人方も同様に使われているのです。
日順上人記、本門心底抄では、
「大聖云はく既に諸仏の本意を覚って早く出離の大要を得たり・其れ実には妙法蓮華経是れなり、又云はく・仏滅度後二千二百三十余年の間・一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅なり、朝には低頭合掌し・夕には端坐思惟し・謹んで末法弘通の大御本尊の功徳を勘ふるに、竪に十界互具現前し・横に三諦相続明白なり」(富要集2巻31頁2行)
堀日亨上人の著書にも「大本尊」と明記されています。
「故阿仏房の法花経の信にあらわれさせ給ひて北海の惣導師に遊ばし大本尊賜はり候とうけ」(富要宗8巻146頁)
従って、繰り返しますが、世界宗教に見合った変更なら賛成ですが、
「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊に南無し奉り、報恩感謝申し上げます。」
は、無理して変更する理由は無いと考えます。
