先輩より借用して書き写した為、異なっている可能性もありますが、池田先生の『若き日の日記』から一部を紹介させていただきます。

 

「昭和2461日」

 

「嘘つきは、人生最大の下劣であろう」

然るに現実の社会はすべて虚意に生き方便に消えてゆく。 

情けないことだ。

 

 大使命に生きてゆく、吾が身の前途を、猛省することを忘れてはならぬ。

 地獄に行く道、意義ある、真実の人生を闊歩しゆく道、

この二道が、青年の足下に、今あるのだ。

 

先生より、要、略、広の、仕事上の、また渉外上の、指導、注意を受ける。

 薫風千里、新緑の6月、血潮湧く青年時代を、悔いなく前進させねばならぬ。

 

 夜、「法華経」講義を休み、小平氏の「大白蓮華」の校正を少々手伝う。 

広宣流布の先陣である「大白蓮華」の発展こそ、私達の真に願うところである。

 

 室が狭く、御本尊様をお粗末にしているような気がしてならぬ。 誠に申しわけない。 
御本尊様を粗末にすることは、自己の生命を粗末にすることと同じだ。 

一日も早く厳かな御座に御安置したい。

 

 今夜は、実に素晴らしい月光だ。 

地球上に、人類の上に、あの月の世界と星辰のまたたきがなかったなら、

どんなにか、淋しく、空虚なものであったろうか。

 

人生は確信なり、人生は慈悲たれ、人生は努力なり。

確信の無き人生は、はななく、果敢を知らぬ、水溜まりの如し。

努力なき人生は、狡猾に世渡りし、剛腹厚顔の下卑なる、盗人の如し。

慈悲なき人生は、現今の学者、政治家の如し。

便乗に長ずる人気者は、枯葉を知らず。

 

確信ある、人生の強烈さ、信念、苦悩、苦難に打ち向かう。

雄々しき、努力家の、尊き姿、威厳にして玄白、

慈悲に満ちた、人格者のお姿、戸田先生。

ああ偉大なるかな、生命の完成!




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