日本軍部に加担した日蓮正宗の実態を知る有用な文書を紹介します。

ふりがなを上部に、年月日時・頁数をアラビア数字に変更しましたが、その他は原文のままで転載します。


93年度日顕法主への戦争責任糾弾の書
宗門の戦争責任を再度糾弾す

 

我々、青年僧侶改革同盟は昨年815日、貴殿に対し、「宗門は速やかに戦争責任を謝罪せよ」と題した文章を送付し、幾つかの観点--先の太平洋戦争中、時の法主が戦意高揚を目的とした「訓諭」を発するなどの戦争への積極的協力の実態。御書の要文削除・発刊禁止、御観念文の改変。生命尊厳の根本精神に違背し戦争を奨励。神札の受容などの教義歪曲・改変をしたことなど--から、宗門には、時の権力に迎合して、大戦遂行に荷担(かたん)した重大な戦争責任が存在していることを論じ、宗門の戦争責任を認め、世界に対する厳粛な謝罪の表明と、貴殿の退座による宗門体質の抜本的な改革を求めた。

しかるに貴殿始め宗門は、何ら反論もできないばかりか、責任の表明をしようとも、体質の改革をしようともしていない。そこには、宗教者としての良心の一片すら感じられず、このことは、貴殿らにことの本質を理解するだけの良識と教養が欠如しており、更に事の本質を見極める信心が欠けていることの表われであるとしか考えられない。

いずれにしろ信心を失った貴殿らには、大聖人の末流を名乗る資格は全くないことは明白である。

ここに我々は、再度貴殿らの姿勢がいかに御本仏日蓮大聖人に背くものであるかを論じ、その責任を厳しく糾弾し、改めて、法主たる貴殿に対し、宗門の戦争責任に対する謝罪を、断固要求するものである。

 

*信心の血脈無き宗門

戦時中の宗門は、国家権力を恐れ神札を受けることを牧口初代会長らに申し渡し、自分たちに軍部の追及の手が伸びるのを防ぐため、神札を受けることを拒否した牧口会長、戸田理事長(当時)始め学会の幹部に対し、登山停止、信徒除名の処分にしたことは歴史に明らかである。その非道は仏法者として絶対に許されるものではないが、そればかりではなく、当時の宗門は拘留中の牧口会長の留守宅に庶務部長らを遣わして、家族にまで牧口会長に退転を促すように説得していたのである。ことここに至っては、宗門は「信仰」そのものまでも、仏法破壊の魔に売り渡してしまったという以外にない。

更には、宗内にあっても不敬罪などの容疑で日蓮正宗僧侶としてただ一人逮捕されていた藤本蓮城氏に対してまで、擯斥処分に付していたことも今日明らかになっている。当時の宗門は御信徒だけでなく、同門の僧侶までも切り捨てて権力に迎合し、自らの延命を企てたのである。まさに、畜生にも劣るこの極悪非道を我々は永遠に許すことはできない。

宗門は、大御本尊を護持するためのやむを得ざる措置と、自己弁護の詭弁を弄しているが、本質は逆である。宗門は卑怯にも、大御本尊を盾に我が身を守ったのである。

大聖人云く

「謗法と申す罪をば我れもしらず人も失とも思はず・但仏法をならへば貴しとのみ思いて候程に・此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間地獄に堕つる事あり」(御書1408頁)

と。

結局、宗門は権力を恐れ、自らの保身に汲々とする中で、最も大事な、まさに日蓮正宗の命脈である「信心」を捨て去ったのである。そして本質を見極めることができずに、(いたずら)に策に走り、恐れ多くも大御本尊と血脈を守ると言う大義を隠れ蓑にして、御信徒を欺き、大聖人に背いてきたのである。

このような大聖人の弟子にあるまじき行為を繰り返してきた宗門が、現在も「法主本仏論」なる邪義をもって自らの延命を図り、権威を保とうとしている姿は、大聖人の仏法が一切衆生を救済する世界宗教であることを考えれば、御信徒のみならず世界の民衆に対する背信行為である。

故に、我々は大聖人の弟子として、このような師敵対の蛮行を断じて許すことはできない。

 

*宗門の体質の改革こそ急務

太平洋戦争当時の宗門の積極的な戦争推進の実態については、昨年の文書において詳述した通りで、

「日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(同919頁)

との大聖人の御金言の通り、その姿は今日、貴殿らがどのように弁明したとしても、大聖人の御精神に全く背いたものであったことは誰が見ても明らかである。

現在多くの識者が指摘するように、戦争を「聖戦」などとするとらえ方は、国家神道の「教義」から発するものであり、多くの国民はそれらによって泥沼の戦争へと駆り立てられていったのである。「帝国の聖業」などという言葉に(いろど)られた日恭法主の昭和16128日の「訓諭」なども、まさに国家神道の教えそのものであり、大聖人の御精神を亡失した摧尊入卑の大謗法以外の何ものでもない。

結果として、宗門は戦争推進の国家体制の中で国家神道を宣揚する役割を忠実に果たし、大聖人の門下としての信仰を放棄し、仏法を破壊したのである。たとえ、どのような理由や事情があろうともその事実を消し去ることはできないのである。

また、法主・僧侶による「戦勝祈願」の法要なども、たとえそれが仏前で行われたとしても、実際には「聖戦」の勝利と「英霊」の宣揚・追善を祈る場であれば、それは国家神道の説く「教義」の「教化」の姿そのものであり、軍人戒名などもそれらの延長線上でしかない。

つまり、宗門は御本尊の前で、あろうことか邪宗教の「教化」をするという、全く考えられないことをしていたのである。そう考える時、宗門は決して戦争の一方的な被害者であるのみではなく、多くの人々を戦争へと向かわしめた加害者の側面を強く持っていることを自覚すべきである。そして、

「小罪なれども懺悔せざれば悪道をまぬがれず、大逆なれども懺悔すれば罪きへぬ」(同930頁)

との御金言を守り、貴殿らがこの過去の宗門の過ちを自らの責任として深く反省し、仏法破壊の大罪を大御本尊に深く謝罪すると共に、犠牲になられた方々はじめ、「生命の尊厳」を踏み(にじ)られた全世界すべての民衆に速やかに謝罪すべきである。

しかし、貴殿らは

「御本尊を護ることが、究極的に人類の幸福・世界平和のためであると信じての行動であった。また、現時点の我々から見てもやむをえないことであったし、その時においての適切な行動であったと信ずるのである」(時局協議会『日蓮正宗と戦争責任』)

「難局における、苦悩のぎりぎりの選択であり、戒壇の大御本尊並びに血脈法水を護るため、止むを得ない深慮の上の行動であったと言うべきである」(同『神札問題』について)

などと、見苦しい言い訳に終始している。この体質こそが最も忌むべきものであることを我々は再度追及するものである。

なぜなら、根本的に「信心」を失い、民衆を見下し、欺き続けた戦争当時のこの宗門の姿は、創価学会を破門に処した現在の貴殿始め現宗門の姿と完全に符合しているからである。

貴殿は、開山上人の御遺誡を忘れ世俗の酒色に溺れ、衣の権威に隠れ折伏の行者を誹謗し、その自己の過ちを認めないどころか、「法主絶対」を振りかざし、その法主の我が儘に従わないという理由だけで創価学会を破門にしたのである。

「いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず」(御書1163頁)

との大聖人の御叱責を恐れるならば、貴殿は、何よりもまずは自己の信心の姿勢を深く反省するのが仏法者のとるべき道でなくてはならない。ところが、貴殿は戦時中の宗門が宗祖の御遺命を放棄し御信徒を犠牲にして自己の保身を図ったように、民衆救済よりも我が身の安寧を選んでいるのである。

そこには、戦時中の宗門の悪しき体質が如実に表れている。すなわち、民衆の犠牲の上に自己の安泰を図る、仏法転倒の論理である。

宗門の戦争責任の明確化と、社会に対する謝罪は、この民衆蔑視という極悪の体質の根本的な改革と不可分のものであるし、今、宗門の改革がなされなければ戦時下の宗門が多くの人々を塗炭の苦しみに陥れたように、必ずまた多くの人々を不幸に導いてしまうのである。ゆえに、我々は、宗内外に宗門の徹底改革と貴殿の即刻退座を叫ぶのである。




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