先程の続きなんですが、

朝敵将門が癇に触った明治政府は神に祀った将門を本殿からはずして隅に追いやったのです。

1985年に中曽根首相が公式参拝して中韓が大騒ぎして抗議してきました。

なぜA級戦犯を神と祀る神社を参拝するのかと。

将門の例以前にも神を廃したり、分祀したりする例はありました。

なのに靖国神社は東条英機の魂だけつり上げるようなことはできない。既に魂としてひとつになっていると突っぱねたのです。

我々日本人はこの事件で何を思えばいいのでしょうか。

1978年A級戦犯の合祀は極秘裏に行われたそうです。

その時には中韓は何もいいませんでした。

元寇の時、日本は敵も味方も合わせて供養する寺を作りました。

豊臣秀吉の朝鮮出兵でも中国人も韓国人も供養しました。

亡くなれば敵も味方もないという精神です。

靖国神社は明治天皇の意向で戊辰戦争など内戦で明治政府側の人を英霊として顕彰するため作られました。

その後靖国神社と名前を変え国家に一命を捧げて殉じた魂を慰霊するため坂本龍馬など幕末の志士から従軍看護師無名の戦士、A級戦犯として処刑された東条英機、日本軍として戦った韓国台湾の人分け隔てなく祀られています。

そんな台湾や韓国の人から分祀するようにいわれた時に神道神学の教義上、一度合祀した霊を分けることは不可能であると神社は答えています。

つまり将門の霊はひとつの神として祀られているけど靖国神社は何百万の魂がひとつの神になっているということです。

韓国遺族は日本国が宗教法人に戦没者名簿を渡したのは政教分離に反してると訴えましたが2025年最高裁敗訴が確定しています。

中には生きてるのに英霊として祀られている人もいて取り消しを求められたりしました。

それも特殊ロジックを用いて退けました。死んでない人は魂が飛んできてないから祀られていないと要求を拒否したのです。韓国の賠償請求も不法行為の時効を用いて退けました。

この一連の事件は日本人の人も毎年時期になると中韓が騒ぐのはどうしてだろうと思う人も多いはずです。

魂を勝手に祀られた。総理大臣がA級戦犯を神とする神社を拝んだ。

これらは何も実害はないはずです。

逆にいたくもない腹を探られないように変更してもいいように思いますが平和を願う神社で平和憲法を持つ我が国ですから下手にぶれないのはいいことなのかもしれません。

秩父神社では秩父宮、妙見宮の名前のお札が拝けられるのですが靖国神社神札の文字だけです。

私は神棚も作りませんしお札を飾ったりもしないわけですがホモサピエンスの強さ生き残った源泉はこの虚構を信じる力なのです。そんな愛しい力があるのが我々の種です。オーマイダーリンクレメンタインです。