昨日は熊木の秩父成田山へ崖造りの建物を見てきました。
熊木に当店があるときには毎日ここの鐘の音を聴き、この建物を仰ぎ見て生活していたのです。
この羊山に張り付くような他の民家も最近は減ってしまいました。
ここから国道299号線の横瀬との分岐まで羊山の斜面に民家や商店がへばりつくようにならんでいましたが羊山の芝桜の丘へ分岐右折車線を作るために全ての家がなくなりました。
同級生のうちもあったのにすっかり様変わりしてしまいました。
羊山のなかも民家があちこちあったのに今では全くなくなってしまいました。
明石の信号と地元民が呼ぶ299号と140号が交わる交差点のところに秩父神社の参道の碑が建っています。
しかし、今では神社の前の番場通りが秩父神社表参道と名乗り番場通り商店街は若い人達が食べ歩きして歩くところになってしまいました。
昨年までは土日に歩行者天国のような人で溢れる様は見られましたが、今年は平日でも若い人で埋まっています。
これはなぜなのか。
度々テレビマスコミに取り上げられたりしたことに加えインスタ映えを求めてレトロな町並みと食べ歩きができる通りがエモいと若者が殺到しているようなのです。
実際この通りのテナントは次々に新しい店が出店するなど今年は全く様子が違うのです。
平日でも車の通行に苦労するほど若者が歩く通りですが、羊山は芝桜の季節以外はひっそりとした佇まいです。
西武秩父駅に着いた観光客が番場通りを経て秩父神社にお参りし299号を羊山目指して横瀬に向かえばこの成田山に着きます。
他の崖造りの建物に祀られているのは観音様ですがこの成田山は不動院成田山です。
同じく大滝の大陽寺も崖造りの寺院ですが、こちらも禅寺で釈迦如来がご本尊です。こちらは13仏の霊場にもなっていてHPで閻魔堂が見られますとなっているのですが13仏のご本尊があったり祀られたりしてる風はなくただ13仏の石像があるといい阿閦如来のお寺となっています。
そんなことを思って気がついたのは秩父の札所の寺はそもそも曹洞宗や臨済宗であり祀るご本尊は釈迦如来です。それなのに観音霊場として観音様を拝みに来て本堂にお経を読み上げ、納教所で御朱印をもらうということをしてスタンプラリーのようなことをしていくわけですが本堂には肝心の観音様はいないということに気がついているのか。そもそも観音像を拝むことが巡礼なのかと考えていくとこんなことが始まったのは718年で疫病が蔓延する現世に世を救えと冥府で閻魔大王に命じられたことが起源とされており、それを行者や修験道の人が霊場巡りをはじめてそれが一般に広まったとなってます。
だから白装束は行者の姿の再現でその行者服に御朱印を押していくのが昭和の時代の巡礼でした。それが今では御朱印帳が主流になり手元に残る記念品になり一般の旅行者にも利用されるようになって札所でなくてもお寺でも神社でも御朱印をもらうというのが旅の目的になりそれをSNSにあげイイネをもらうというスタイルになっているのです。
1300年も前に電話もネットもない時代に観音霊場が西国、坂東、秩父に開かれたことを思うとネットやテレビなどに頼らないネットワークを構築しお互いの生活を楽しむ新しい生き方も構築可能なのではと考えます。
スマホも持たずやりたいことをやり人のイイネに左右されず自分の心の自由だけを尊重し生きていくグループを構築してデジタルによる富の海外流出を抑えてくらしていくのです。
そんな妄想を膨らませたのも昼間は若者が押し寄せる秩父も夜になると本当に寂しい人通りのない暗い町だからです。
コロナで妖怪のようなママが一人でやっているバーやスナックというものがほとんどがなくなり、昼間は空きテナントがない程の活況ながら夜の看板を落とした店は減ったままでタクシーなども営業時間が復活してないようです。この昼間の賑わいと夜の閑散を変えていかないと今後の繁栄はないと思います。
そんなことを成田山の階段で考えました。ここの階段は128段でした。